元来日本では御膳の文化の文化だった。江戸時代までは個々の御膳で食事をしていたのでみんなでテーブルを囲むということはなかった。今ではすっかり西洋化されてテーブルが普通になりちゃぶ台すら見かけることは少なくなった。そんな中でみんなが一つの鍋をつつくというのは異例のことだったと思う。

日本で鍋を囲んで食事をしている光景といえば囲炉裏の自在鉤に吊るした鍋を囲む姿が思い出されるが、今ではテーブルに置かれたカセットコンロやIH調理器の上で鍋をやる。基本的同じスタイルで昔から変わってはいない。ところが西洋人はそれを見て”不潔だ”と思うらしい。

銘々の口に入れた箸で鍋をつつくからだそうだ。煮えたぎった鍋なら他人のバイ菌も気にならなさそうだが、かつてコレラに滅亡されそうになった民族には受け入れ難いのかもしれない。
流石にこれだけ猛暑日が続くと鍋を食べようという気も失せるが、冷房がガンガンと聞いている中でしゃぶしゃぶなど食べるのもオツなのだろうか。

新型コロナ対策でみんなが一つの鍋や皿の料理をつつくのはもとより一つのテーブルを囲むことすら許されない風潮はあるが、世の中の家庭では銘々がそれぞれの御膳で壁の方を向きながら食事をしているのだろうか。

昔、松田優作さんが出ていた「家族ゲーム」という映画があったが、あの中では家族が一つの長テーブルの一辺に並んで座ってお互いの顔を見ることなく食事をするシーンが有名になったが、そんなシーンが有名になる程だから顔を見ず会話もしないで食事をすることは不自然なことなのだろう。

一方で中華料理ではテーブルに置かれた大皿料理を皆が取り分けるスタイルが多い。恐らくこれは宮廷で、皇帝が部下の裏切りや敵方のスパイに毒殺されることを恐れて皆が同じ料理を取り分けて食べれば毒を盛られてもすぐにわかるというような理由だったに違いない。その代わり中華料理では菜箸を使って銘々が小皿に取り分けるので、一度口に入れた箸で大皿を突くことはない。

日本では「同じ釜のメシ」と言われるように同じ料理を一緒に食べることで連帯意識を持たせるような効果もある。もちろんこれは同じ鍋や皿から料理を取るというわけではない。苦楽を共にした仲間だという意味なのだろうが、それにしても同じ料理を分け合って食べる行為は日本人にとって大きな意味があるのかもしれない。

いつの日かコロナ騒ぎが収まってテーブルを囲んで同じ鍋や皿から料理を取り分けて食べられる日が来ることを楽しみに待っている。