子供の頃、工作図鑑や雑誌を見て凧を作ったことがある。小学生の時分だったと思う。当時一般的だったのは四角い凧に2本の尾を付けたものや奴凧などだった。文房具屋で竹ひごやヒューム菅(アルミでできた竹ひごを接続して延長する部品)を買ってきて、家にあったデパートなどの包み紙を使って糊で貼り合わせて作っていた。

しかし完成した凧は左右の対称や全体の反りやしなりなどの微妙なバランス、尻尾の長さ、タコ糸を取り付ける位置などのバランスが取れていないとなかなか空には浮き上らなかった。風が弱ければ全力疾走しなければならず、上手に凧揚げをするには子供ながらも英知と工夫を結集しなかればならない一大事業だった。

ボクが中学生になる頃、デパートで「ゲイラカイト」なるものが売り出された。「アメリカ生まれ」という触れ込みの新製品で、買ってきて部品を組み立てれば出来上がりという簡単なものだった。それをボクの弟が買ってもらった。今までの凧作りに苦労していたボクは「そんなに単純なものがうまく揚がるわけがない」とタカをくくっていた。

帰ってきた弟が袋を開けてわずか3分後、組み立てた凧を持って外に出た弟は家の前の空き地で凧揚げを始めた。するとあろうことかゲイラカイトは手を離した途端にスーッと上昇を始め、凧揚げ初体験の弟の頭上に舞い上がった。クルクルと回ってしまうこともなく墜落することもない。ほんの少しの風でもグングンと高く上がっている。ボクの胸の奥には「これがアメリカ生まれの力か」と戦争中の旧日本兵のような敗北感が漂った。もはや日本の凧を上げようという気持ちも失せてしまった。

仲間の間でもすぐにゲイラカイトが大流行した。それ以降、ゲイラカイト以外は凧ではないような風潮すら生まれた。猫も杓子も老いも若きもゲイラカイト一色だった。小さな子供でも凧を作ることなく簡単に凧揚げを楽しむことができるようになった。それはまさに”革命”だった。

ところがしばらくすると、あまりにも簡単に上がってしまう凧は飽きられ始めた。ゲイラカイトは”小さな子供用”や”初心者用”の凧という烙印を押され、友達の間でも「そんなものを使っているのは軟弱者だ」とバカにされるようになってしまった。

ラクなことは便利なことだが、便利なことは必ずしも楽しいことだけではない。楽しさの中には苦労して工夫してそれを乗り切ったことへの達成感もあるのではないだろうか。何ごとも苦労の末に達成した経験が楽しさを倍増させてくれるような気がしている。