食事の前に言う「いただきます」。一説によれば「(あなたの命を)いただきます」と言う意味があるんだとかないんだとか。確かに動物は野菜にしろ肉にしろ誰かの命の犠牲の上に生きている。別に否定するわけではないがベジタリアンやビーガンだって植物の命を犠牲にして命を繋いでいる。その点で植物は、リンなどの有機物も多少は摂取しているものの基本的には水と光と二酸化炭素と酸素で生きている。

だから「ありがとうございます」という他の生き物への感謝の気持ちを表すために「あなたの命は決して無駄にしませんから」と誓って命を”いただく”のだと言う。それは「常に誰かによって生かされている」という謙虚な気持ちでもあるだろう。だから日本人にとっては古くから食べ物を残すことは罪だとされてきた。あなただっていつもお米の最後の一粒まで残さず食べていると思う。

ただ子供にはその道理がわかっていないから残してしまうこともあるが、やがて成長するに従って「残すほどよそらない」「食べきれないほど頼まない」ようになってくる。好き嫌いはしない、出されたものは全部食べることが暗黙のルールになる。

しかし最近ではレストランなどで「今、ダイエット中だから」などと言い訳をして食べ物を平気で残す人がいる。これも変な言い訳だ。ダイエット中なら最初から頼まなければいい。そもそも「太っちゃう」ほど食べるのは食べ過ぎだ。それでも甘いものや脂、糖、塩分は余分に食べてしまうしやめられなくて止まらない。理由は簡単だ。精神が弱いだけだ。我慢が効かない。

人が食べているものは主食だろうがスイーツだろうが誰かの命の成り代わりだ。冬になると毛皮のコートやミンクの襟巻きをしている人を見かけるが、うがった見方をすればこれらは動物の死体の一部である。人類が何万年も前からやってきたことだし別にそのことを否定はしないが、それだって誰かの命が形を変えたものだ。

ただ誰かの命を奪う代わりに自分が生かされていることを考えれば食べ物だって徒や疎かにすることは許されないと思う。その動物や植物が生きていくはずだった人生を自分が奪っていただいているのだから。

だから食べ物を粗末にする人を見るととても気分が悪い。その人が自分のお金で買ったものだからボクが文句を言う筋合いではないが、なんだかそこで奪われた命に申し訳ないように思う。せめてその命を自分の命として生き続けることがせめてもの供養のような気がしている。