古い友人が長年商っていた映像編集者からダンプの運転手になったという。以前から映像編集の仕事はテレビ局や制作会社の都合に振り回されて生活のリズムがメチャメチャにされるとボヤいていたので、その辺りの事情もあったのかもしれない。新型コロナ騒ぎでテレビ関係がズタボロになる前の話なので今回のコロナ騒ぎとは関係ないらしい。

考えてみればダンプに乗れる映像編集者などそうそういるものではない。もっとも両方ができたからといって人生でとりわけ有利になるものはすぐには思いつかないが、周囲にいる人から見れば「あの人ダンプも運転できるんだって!」とか「昔、テレビとかの番組を編集してたらしいから映像加工とかにも詳しいんじゃない?」などと言われて何かの折に便利使いされるかもしれない。

どんなことでも他の人があまりやらないことを特技(というほどでもないが)として持っていると、何かにつけて便利使いされる。「器用貧乏」などと言われることもあるが、本人が好きでやっているのならWin-Winの関係になることもある。

ボクはかつてちょっとだけ乗馬をしたことがある。あるといってもちゃんと馬術を習ったわけでもないし詳しいことは何も知らない。何も知らないが、まぁ馬に乗ったことがあるという程度だ。馬は最初は乗せるのがシロートだとわかるとあからさまに乗っている人間をバカにする。すぐに道草を食べ始めたり、急に走り始めたかと思うと今度はテコでも動かなくなったりする。

しかしそんな時でも牧場のボスに怒られると急にいい子になる。ボスを怒らせるとご飯がもらえなくなるからだ。ボクは事前に乗馬に詳しい友人からレクチャーを受けていたので乗っている馬が急に走り始めたからといって手綱にしがみついたりすることもなく無事に最初の洗礼を乗り切ることができた。馬は多少でも「こいつはただのシロートじゃない」ことがわかると少しは言うことを聞くようになる。全く言うことを聞かなかった馬も少しは聞き分けが良くなる。

あちこちでそのような経験や学習をしていると誰でもだんだんと器用になってくる。するともっといろいろなことができるようになりたいと思うようになる。人があまりやらないことも自分でやってみたくなる。それが楽しいのだから仕方がない。苦労をすることはあっても我慢してやっているわけではない。そうして経験が増えてくるとやがて「そんなことできるの?今度やって!」と言うことになる。立派な器用貧乏の出来上がりだ。

ただ一つのことしかやったことのない人よりいくつも引き出しを持っている人の方がやわらか頭になる。問題が起きた時にも全く違ったスタンスから解決することもできる。「何ができるか」ではなくいろいろなことをやったその経験が柔軟な考え方をもたらす。それは自分にとっても楽しいことだ。自分が未経験なこともそれを知っている人を通して体験することができるかもしれない。それは人生を奥深く楽しいものにする。

ボクも「歌って踊れる」ならぬ「潜って馬にも乗れるコンサルタント」なら、単にコンサルタントしかできない人にはない面白さを感じてもらえるのではないかと日々精進している、んですがね(笑)