てにをは

「テニヲハ」を最初に習ったのはいつの頃だっただろうか。小学生になってからだろうか、もっと以前だっただろうか。もはや記憶にないくらい昔のことだから物心つく前かもしれない。習ったかどうかの記憶さえない。おそらく誰でも覚えていないくらい昔のことだったに違いない。それでもいつの間にか自然に身についてなんとなく日本語らしきものが話せるようになった。

日本に生まれて子供の頃から日本語を話してきた日本人なら今さらテニヲハに悩むことはないだろう。しかし日本語が母語ではないガイジンに聞くと日本語は「漢字とテニヲハが難しい」という声を聞く。言葉の発音については不確かな情報ではあるが3〜4歳くらいまでに基本的な能力がつくと言われている。しかしテニヲハは発音とは基本的に違う。文法の品詞で言えばいわゆる助詞である。

助詞は名詞の後の動詞や形容詞などとの意味関係を表す言葉で主に一文字のひらがなが使われることが多い。「私”は”学生です」や「コレ”は”ペンです」などは学校の最初の英語の授業でも出てきたが、助詞を一文字入れ替えるだけでその裏にあるシチュエーションが見えてくることも多い。「私”も”学生です」に替えれば「(他の人も学生だけど)私も学生なんです」というように自分の置かれた場所や立場を補う意味にもなる。これを日本語に慣れていない人が覚えるのは簡単ではないだろう。

それはおそらく日本人も例外ではない。確かに小学校の低学年の頃には「(テニヲハが)難しいくて全然わからない」と言っているクラスメートもいた。それでも言葉は”慣れ”の要素が甚だ大きいので毎日絶え間なく使っていれば自然な使い方を覚えてくる。逆に言えば日本人なのに「テニヲハを正しく使いましょう」などといってわざわざ持って回って勉強したりするから余計に混乱するのかもしれない。

大人になるにつれ「てにをは」は普通になり意識することもなくなった。しかし普段は自然に使っている言葉も品詞に分解したりその性格な用法や意味を説明しようとした途端にわけがわからなくなる。母語ではない言葉を新たに学ぼうとする人にとって文法は言葉を系統的に理解する強力なツールになるが、すでに言葉をコミニュケーションのツールとして普段から使っている人にとっては、言語学者や外国語教師にでもなるのでなければほとんど役に立たない知識でしかない。

しかし役に立たなくてもその構造や役割を学ぶと今まで使っていた日本語にもより一層の奥深さを付け加えられるのではないかと少しは期待しているのだが、そんなに簡単なものじゃないか。

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