手皿は日本の文化の成れの果て?

ちょっと前にテレビで見たのか本に書いてあったのか忘れてしまったが、日本人が何かを箸でつまんで食べようとするときに多くの人が反対側の手を食べ物の下に添えて食べているのは”お行儀が悪い”という話を見た。でも実際には自分もそうしているし、つまんだ食べ物が箸から転げ落ちたり汁が垂れて周りのものや衣服を汚してしまうことを考えたらお行儀以前に理に適ったやり方だと思っている。

茶道ではそのような時には「懐紙(かいし)を使え」と書かれているが、現代人の生活の中では普段から懐紙を持っている人はほとんどいないし現実的ではない。もちろん手皿の上に汁や食べ物が溢れてしまえば手が汚れるのでお手拭きやハンカチで拭きとらなければならないから二度手間といえばその通りだが、服の上に直接こぼしてシミを作ってしまうよりよほどいい。

中世以降の西洋の皿文化ではナイフとフォークを使って背筋を伸ばして食べるので器(皿)を手に持って食べることはない。しかし日本人がそれを真似ようとすると手に皿を持てないので口を皿に近づけることになっていわゆる”犬食い”になってしまう。ご飯茶碗でもお椀でも器に直接口をつけて食べることが自然だったのだから仕方がないのだが、犬食いをしているとまた「行儀が悪い!」と叱られる。

日本では古来から明治維新までは庶民でもお膳が基本であり、テーブルもなく小さな器を手に持って箸で食べていた。今ではお寿司の醤油皿をテーブルに置いたまま醤油をつけて手皿で食べる人も多いが、室町時代から続く武家の作法・小笠原流では小皿も手に持って食べるのが正式とされている。

明治維新以降、特にアメリカの生活様式が怒涛のように流れ込んだ結果、日本古来の文化と西洋式の生活様式が入り混じって混沌とする中で今の生活様式ができてきた。江戸時代まで日本人はナイフもフォークもスプーンもなく、ハンバーグもカレーもラーメンもオムライスも食べなかったのだから当然のことだ。

テーブルに置かれたままの皿から料理を食べようとする時に取り皿がなければ、手を添えてこぼれないようにするのはなんとか西洋の生活様式に対応しようとした古くからの日本の文化の成れの果てのような気がする。そんな工夫を重ねることで西洋の文化を日本の文化として取り込んで順応してきた。

近年になって「和食」が世界文化遺産として注目を浴びているらしいが、ラーメンや焼肉、オムライスやハンバーグ、カレーまでも日本の生活の中に取り入れてしまった日本人の逞しさこそ世界遺産になりうる価値のあるものではないかと思っている。もっとも世界遺産になんかならなくても関係ないけどね。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください