フィールド・オブ・ドリームス

自粛生活が続いて家から出られないのでDVDやAmazonのPrimeVideoなどで古い映画を観たりしている。先日観た映画の中でこんなセリフがあった。

「君の情熱が羨ましい、見当外れでも情熱は情熱だ、昔の私にはそれがあった」

ご覧になった方も多いだろうが「フィールド・オブ・ドリームス」は1989年公開のアメリカ映画である。アイオワの農場主となった男がある日、トウモロコシ畑で作業をしている時に突然”天の声”を聞く。

「それを作ればやって来る」

最初はよくわからなかったその声の意味を次第に解いて、自分の農場のトウモロコシを掘り返して野球場を作ってしまうという話だ。彼らとは誰なのか。それは是非映画の本編を観て欲しい。話のきっかけはちょっとスピリチュアルな話だが物語としては悪くない、と思う。

そんな気違いじみた行動に最初は反対していた妻も、出来上がったグランドで見た不思議な光景に圧倒されて破産の危機を物ともせずに男の行動を見守ることになる。そんな時にボストンで出会うのが先のセリフを口にしたかつて社会派の小説家だったテレンス・マンだ。

若い頃には自由のために言論で戦った小説家もいつしか人々から疎んじられ見放されて世捨て人のような生活を送っていた。そこに現れたのがケビン・コスナー演じるレイ・キンセラ、畑を掘り起こして野球場を作ってしまった農場主の男だった。

そこでまた馬鹿げた計画を打ち明けられたテレンス・マンは車から降りるときに言う。

「君の情熱が羨ましい」
「見当外れでも情熱は情熱だ」
「昔の私にはそれがあった」

誰しも若い頃には情熱に溢れている。やってみたいことが山のように現れてはくじけて散っていく。それでも”信じることができれば奇跡は起こる”と確信してチャレンジを続ける。やがて次第に歳を重ねるうちに”自分の思い通りになることなんて何一つないんだ”と思い始めて情熱を失っていく。

そんな時に馬鹿げたことを信じて一心不乱に自分の信じた道を進み続ける中年の農場主を見て「自分も若い頃はこんなだったのかもしれない」と過去を振り返って思い出す。

あなたにもふとそんな若く熱かった日々を思い出すことはないだろうか。

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