着信なし

いつだったか俳優の岸部一徳さんがテレビで話していたことを思い出した。岸部一徳さんといえば、ある程度の世代なら夏目雅子さんと堺正章さんがやっていたテレビ番組「西遊記」にカッパの沙悟淨(サゴジョウ)役として出演していた岸部シローさんの兄としても有名だ。

そんな岸部一徳さんがお昼のトーク番組で話していたのは、「最近、携帯電話っていうのを買ったんですが、誰からもかかって来ないんですよ」。世の中に”ケータイ電話”というものが普及し始めてしばらく経った頃の話だ。

その頃、「着信アリ」という題名のホラー映画(?)が流行っていた。ボクは観ていないのでストーリーすら知らないが、岸部さんは「携帯電話を持っているのに誰からもかかって来ないというのは寂しいものでね、僕の場合は『着信なし』(苦笑)」と自嘲的に話していた。

そんなある日、ネットのコラムにこんな話が載っていた。

いつだったか、ある若い人から「スマホを持っていながら対話する相手を持っていない孤独こそが本当のガチな孤独ですよ」という見解を伝えられたことがある。たしかに、多くの人々の孤独を癒やすツールは、本当に孤独な人間の孤独を増幅するツールでもあるのかもしれない

確かに、誰かと繋がる手段を持っているのに結局は誰とも繋がれないというのは、「自分には誰かと繋がる能力がない」ということを暗に証明していると感じるのだろう。もっとも僕らの世代にとって携帯電話は単なる通信手段であって用がなければ使わない。LINEやメッセンジャー、最近はあまり使うことがなくなったが電子メールも同じだ。用もないのにダベるのは直接会ってやればいい。もっとも最近ではそれをSNSが担っていたりする。だからSNSで”お友達”になっていない人とどうでもいいような話をする機会はほとんどなくなった。

考えてみれば、子供の頃はいつも友達と蔓んでどうでもいいようなことを話題にしてクッチャべっていたものだ。そこらで井戸端会議に(今は井戸もないが)花を咲かせているママやオバチャンたちと変わらない。一人遊びをすることは少なく常に誰かと一緒だった。あの頃と比べれば今はなんと淡白な人間関係の中で暮らしているのだろうと不思議な気持ちにならないこともない。決してそれが嫌だというわけではない。大人になるということは”一人でいる時間を楽しめる”ようになることなのかもしれない。

折しも新型コロナウイルスによる外出自粛もあって多くの人は人と接する機会が圧倒的に減っている。ただボクは、外出自粛要請が出るずっと前から自宅で仕事をし外部との連絡のほとんどをメールやSNSで行なっていたので、ここにきて生活のリズムが急変したということはない。夜の街に集まって飲むということもほとんどなかったので何かを我慢するということもなく、今の日本ではもっともストレスを溜めていない部類の人間かもしれない。

逆に今まで考えたこともなかった”ネット飲み会”なるものをする機会が増えて、どちらかといえば交流は”密”になっているような気もしている。そして携帯電話などなく、待ち合わせにはお互いの信頼がなければ成り立たなかった”駅の伝言板”の時代は随分遠くになってしまったのだなとしみじみ思うのだ。

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