不要不急

以前にも耳にしたことのある「不要不急」。その時は今回のような伝染病の蔓延ではなく”テロ対策”だったと記憶しているが、当時勤めていた職場でも「不要不急の海外出張はしないように」という通達が社内に流された。その時に思ったのは”不急の出張”ならわかるが「不要の出張」ならそもそも出張しなくてもいいんじゃないかということ。そんなにも不要な出張をしている社員が多かったのか。

不急の出張は定例の会議だったり営業活動だったりして今でなくても騒ぎが収まってから行ってもあまり影響がないものだと思うが、不要の出張はそもそも「出張することが不要」なのだ。そんなものに交通費をかけて出張手当をもらって出かけるのは遊びに行くことに経費を払っているようなものだ。普段からそんな出張を許していたのだとすれば管理職の会社に対する欺瞞と怠慢でしかない。

しかし1〜2ヶ月が経ってテロの嵐が通り過ぎたら再び不要の出張は不死鳥のごとく復活した。出張したことによる成果など何もなく「頑張って行ってきました」という実績を残すためだけの出張である。

それは普段の仕事の中でも「毎日ちゃんと出勤してくることだけが仕事だ!」と思っている部長職などにも多く見られる。朝から全ての全国紙を隅から隅まで、ご丁寧にテレビ欄まで穴があくほど眺めて午前中の時間を過ごし、お昼にはお気に入りの鰻屋で特上うな重御膳などを食べ、午後になると「ちょっと出かけてくる」などと言い残して行き先表示のホワイトボードに「得意先 直帰」と書きなぐってはどこかに姿を消してしまう中間管理職だ。

彼らの朝は早い。出勤することだけが使命なので定時が9時の職場にも朝6時過ぎには出社してくる。8時半を過ぎる頃になると「みんな遅いな、俺なんて6時過ぎには出社してるんだぞ」などとこれ見よがしに”大声でつぶやく”ことを忘れない。他のスタッフは昨夜も遅くまでサービス残業をさせられて疲れているのだ。あなたのように呑気に生きているわけではない。

こんな中高年のことを最近では「会社の妖精さん」などと呼んでいるらしい。昔で言えば「窓際族」である。何もできないが出社だけはきちんとする。昭和の時代にはそれこそが会社への忠誠心を測る一番確実な指標だとされていた。彼らは昔からそれだけは固く守ってきた。だから旧態依然とした会社ではそこそこに出世もできた。

しかし資本主義も崩壊してきた令和の時代になったらそんなやり方では通用しない。容赦なく次々とリストラされて首を刎ねられていく。天下り先もなく能力もない中高年があちこちであぶれている。一方で少子高齢化と人手不足で若手の採用は思うようにならない。使えない人材を切り捨てていくのはわからないでもないがこれから活躍してくれるはずの若手は全くやって来ない。そこに今回のコロナ危機は突然にやってきた。

世間では不要不急の外出を”自粛”するように”要請”が出されているが、こんなことならかつて首を切った”妖精”さんに死ぬ気で出社するように必要火急の”要請”してみるのも一つの手かもしれない。

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