集中して生きること

先日テレビの健康番組で「耳鳴り」についての特集をやっていた。中高年になると多くの人が悩むという”あの”耳鳴り症状である。子供の頃なら風邪をひいて鼻が詰まったりした時に「ンゴー!」という音が頭の中で鳴り止まずに気が狂いそうになったものだが、歳を重ねるに従って御多分に洩れずボクも10年ほど前から(たぶん)一瞬たりとも途切れることなく「キーン」という耳鳴りが続いている。

そんな時には何とか直してもらおうとしてあちこちの病院に行っては診察してもらう人も多いらしいがほとんどの場合は「異常なし」という診断が下るらしい。病院で「異常なし」という診断が下されるということは決して「あなたは嘘をついている」と言われているわけではなく「(耳鳴りは確かにしてるんでしょうけど)原因はわかりません」ということだ。原因がわからないのだからお医者さんだって治しようがない。

今世界中でパンデミックを起こしているコロナウイルスも今のところ治せる薬はない。病院で診察をしてもらって陽性だと言われても薬がないのだから対症療法をするしかない。

対症療法とは今ある辛い症状を和らげる方法で、頭が痛ければ頭痛薬を飲み、喉が痛ければルゴールを塗り、熱が高ければ解熱剤を飲むというやり方だ。熱が出ている根本的な原因はわからなくても長期間高熱に侵されていると脳に障害を起こしたりするので”とりあえず”熱だけは下げておきましょうということである。

そう聞くと風邪をひいた時によくやる治療だ。そう風邪の多くは旧型コロナウイルスが犯人である。ただ重篤な肺炎になるケースが少ないので人間は何とかうまく風と付き合っている。そもそも「風邪」という病気はない。風邪は流行性感冒である。咳が出るからといって咳止めを飲んでも原因の病原菌やウイルスを撃退できるわけではない。撃退できるのは人間の体が持っている免疫の力だけだ。

おそらく耳鳴りは多くの場合、耳に異常があるわけではなく脳の中でありもしない音を脳が「耳から聞こえている」と勘違いしている結果なのではないかとボクは思っている。悪いのは耳ではなく脳や神経組織が勘違いしているだけなのだ。言ってみれば「気のせい」ということだと思っている。そのテレビ番組でも最後は「気のせいです」という結論になりそうだったので途中でお風呂に入ってしまった。

ボクは耳鳴りが気になるのは「「耳鳴りがしている」と気にした時だけだ。何かに集中しているときは耳鳴りなど気にならない、というか耳鳴りはしていない。物音一つしない静かな部屋に入って何も考えないでいるといつの間にか耳鳴りが始まっている。その時も「あぁ鳴ってるな」と思って別のことを考え始めるといつの間にか聞こえなく鳴ってしまう。特に何かの作業や読書、映画鑑賞などに集中している時に耳鳴りはしていない、ような気がする。

幸いボクにはまだ集中できるものがたくさんあるので気を抜いてダラダラしている時以外に耳鳴りが気になることはない。夜寝る時も集中して一所懸命に寝ているので耳鳴りはしていない、と思う。

たぶんこの耳鳴りはボクが死ぬまで治ることはないと思う。だから集中して楽しめることを見つけながら死ぬまでは生きていきたいものだと思っている。死んだ後のことは知らない。

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