まず隗より始めよ

今回の新型コロナ騒動でもそうだが関わっている全員が同じことをやらなければ意味がないということがある。製品の品質チェックでも1ヶ所でも点検が漏れてしまえば全部が無意味になる。全員が漏れなくやって初めて意味のある行動になることは少なくない。今回のパンデミックでいえば全体で完全に移動を制限してしまうとか政府が国民に外出禁止令を出すとかすれば感染拡大はもっと抑えられるはずである。

しかし急にそんなことをすれば国民生活自体に致命的な影響を及ぼして崩壊してしまうことも十分に考えられる。事実上中国共産党の独裁国家である中国では大規模にそのような命令を出すことも可能だがその結果、中国国内や経済がどんな惨事に見舞われているのかは情報統制されているだろうから本当のところはわからない。

日本では宴会やお花見にしても全ては「自粛要請」である。一部公共施設だけが閉館や閉園という措置を取ったことで事実上の”入館禁止”になったに過ぎない。通勤電車もお客は減ったものの全く人がいなくなったわけではないし街中でも買い物に出かける人は相変わらずだ。それでもヨーロッパや中東と比べて感染拡大のスピードが遅く見えるのは政府の情報操作や実施した検査件数が圧倒的に少ないせいだけではなさそうな気がする。

昭和の中期と比べても日本の公衆衛生は格段に改善した。汚物まみれの公衆便所は姿を消し、駅のトイレでさえ立ち入るのをためらうことはほとんどなくなった。50年前の駅のトイレなどは目を背けたくなるような有様だったことと比較すれば夢のようなことである。

また欧米をはじめとした外国人は食べ物を素手で直接触って食べるが日本ではファストフードのハンバーガーでさえ包み紙に包んで食べる。古くから食事には箸を使い、普段からきれいな水がふんだんにあったので衣類や食器をまめに洗うことが常識になっていたということもあるだろう。そんな日本人の常識(=みんなが当たり前にやること)が日本の強さとして顕在化しているのかもしれない。

みんなが揃ってやらなければ意味のないことでもみんなに命令して全員にやらせるようにすることはほとんど不可能に近い。決められたルールでさえきちんと守る人は全体の1割にも満たない。「マスクをしましょう」と言われても手に入らない現状ではどうしようもない。しかし古くから頻繁に手や顔を洗ったり毎日歯磨きをする生活習慣が無意識のうちに我々を守っているような気がする。

それでもみんなが自分と同じことをするように仕向けるにはまず自分が率先してやって見せなければいけない。もしそれがみんなから尊敬されるようないいことならそのうち次第に真似してやる人が増えてくるはずだ。それでもそうならないなら元々やる価値のないことなのかもしれない。やる価値のないことを他の人に押し付けてはいけないが、まずは自分が行動しなければ何も始まらない。

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