テレパシー

先に断っておくが今回の話は決してスピリチュアルな話題ではない。
Wikipediaを見てみるとテレパシーとは「 超感覚的知覚(ESP) の一種、かつ超能力の一種」だと書かれている。超能力である、それが使えればエスパーだ。しかしボクたち大人から見ればそれは子ども騙しのマンガの中の話でしかないと思っている。ところがである、

以前に何かの本を読んでいて「なるほど!」と思ったことがあった。以心伝心の話である。それもある程度信用できるケンブリッジ大学などで行われた学術実験の結果だ。細かいところは「ガンツフェルト法」などでネットを検索すれば玉石混交の話がたくさんヒットするはずだ。

ざっくりと言えば、声に出したり視覚に訴えることをしなくても自分の思っていることを相手に伝えることができるかもしれないという話である。科学的な根拠は今のところ全くないが事実としてそんな現象が見られたという話だ。どこかの生物物理学者の話だったように記憶している。

例えば、人間には耳があって空気の振動を音として聞くことができる。目は光の波長によって物の形や色の違いを知ることができる。鼻は空気中の微粒子によってどんな匂いかを知ることができる。舌は味の違いを知ることができ肌に触れたものを認知することができる。いわゆる五感だ。しかし生き物の中には目がなかったり耳がなかったりする生物は珍しくない。彼らから見れば人間の五感は超能力に見えるかもしれない。人も電波を直接受信することはできない。

昔から「第六感」と言われているものがある。五感以外のいわゆる「虫の知らせ」だったり「勘」だったりというような自分でも説明のできないようなもので神経が研ぎ澄まされたときにだけ感じられるようなものだ。いや本当に感じられたのかといえば実のところ感じたような気がするだけなのかもしれない。

今のところ人間の脳が五感以上のものを感じ取れるという研究成果はない。でもイルカやクジラの仲間などは超音波を受信できる感覚器を持っていることが明らかになっているし、虫や小動物の中にはそれ以外の手段でお互いにコミニュケーションしているものもいるかもしれない。そのことを我々が知らないだけだということはないだろうか。

もしも、もしもの話だが脳が出す微弱な脳波を相手の脳が直接受け取って理解できるならそれはテレパシーだと言えるのではないだろうか。今はボクたちはその能力が非常に弱くて自分でも気づいていないだけかもしれない。我々の遠い祖先が、初めて目という器官を持ったり耳という器官を持った初期にはそんな状況だったかもしれない。見えるような見えないような、なんとなく光を感じるような感じないようなそんな時代があったに違いない。ある時突然にはっきりと目の見える子供が生まれたとはちょっと考えにくい。

随分前からボクの耳の中ではキーンという音のようなものが鳴り続けている。もしかしたらこれは誰かがボクにテレパシーで脳波を送り込んでいるのではないだろうかと思うことは流石にないが、「そんなものがあるわけない」と否定するだけでは何も始まらない。「ない」と言い切るならないことを証明しなくてはいけない。ないことが証明されるまでは「ある」ことの可能性は否定されない。この宇宙で地球以外に生命体がいるのか?という問いに答えようとするのと同じだ。たぶんボクのそれは加齢によるただの耳鳴りなのだが、そうとも言い切れないと思えば世の中はもっと楽しくなると思うのだ。

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