言葉と文字

今の人類はおそらくそのほとんどが言語を持っている。社会的な動物と言われる人間は他の人間と意思の疎通を図ることが生き残っていくために何よりも重要だ。そのために言葉が重要な役割を果たすことは疑いのない事実である。そしてその中のかなりの種族は口から発する言葉とともにそれを何らかの形で残しておくための文字を持っている。私たちはそれによって遠く離れた場所の人や直接には会ったことのない古い時代の人類からもメッセージを受け取ることができる。

言葉(言語)を持つことととそれを文字として残したり伝えたりすることの間には気が遠くなるほどのギャップがある。なぜならもしコミニュケーションを取るべき相手がその場にいるのなら声を使って話をして自分の意思を伝えればいい。言葉を使えばあえてメッセージを文字として記録しておく必要はないからだ。必要は発明の母と言われるが逆に必要のないものは生まれにくい。発明は必要に迫られてから生まれることが多い。そしてそれがやがて人類の進化につながることをその時代を生きた人たちは知っていたのだろうか。

地球上の民族の中には今でも文字を持たない種族もいる。過去に絶えてしまった民族にも文字を持たなかったものは少なくない。特に有史以前、ホモ・サピエンスが生まれる前の我々の祖先には壁画を残したものは多いがそこに文字を残した例はない。絵は描いても時は書かなかったのだ。それは今でも世界のあちこちの洞窟などに残されている。

それが人類が数千年前に”文明”というものを手にした頃から”文字”というものが世界中にあふれ始めた。エジプト文明、メソポタミア文明、黄河文明、ギリシャ文明、ローマ文明などは残された文献などから研究もされてきた。しかし10世紀以降に起こったと言われるインカ文明には今のところ文字は見つかっていない。その代わりに伝わっているのは「キープ」という紐の結び目を使って内容を伝えていたと言われるものだけだ。なぜ彼らが文字を持たなかったのかはわかっていないが、おそらくはキープだけでその用は済んだに違いない。
飛鳥時代以降の日本人は大陸からの文化を取り入れる必要があったから文字も大陸から輸入したのだろう。だからそれ以前の記録は文字として残されてはいない。古事記や日本書記も飛鳥時代や奈良時代に文字を手にした日本人が後から捜索したと思われる物語と歴史上の事実がごちゃまぜになっている。ヤマトを国として体裁を整えるにはその成り立ちがしっかりしていることを海外に示す必要があって書かれたのではないだろうか。今の日本人だって誰もイザナギノミコトとイザナミノミコトが天上から剣で海を掻き回してそこから滴った雫が今の淡路島になったと信じてはいない。

漢民族も天竺や中東との交易の中で文字を必要としたのだろう。そのために人類はロゼッタストーンの時代を経たのち、羊皮紙やパピルスを発明した。日本に紙が入ってきたのはその後の話だ。交易をするということは遠く離れた場所や異なる時代を生きている他の人たちとコミュニケーションする必要がある。そのために言葉は違っても文字を使ってコミニュケーションする必要があったのだろう。

それまでの日本人は木簡や竹簡を使って文字を残していた。そうまでしても文字を残しておかなければならない事情があったのだろう。柿本人麻呂が密かに木簡に書き残したと言われる古い歌はその後の戦乱の中で焼けてしまったと言われているが、焼け残ったものを資料として万葉集は編纂され始めたとも言われている。そしてそれは1000年以上の時を超えて現代まで受け継がれている。優れた歌を自分の歌も他人の歌も含めて後世に残そうとした柿本人麻呂はどんな気持ちで木簡に歌を書き残したのだろうか。

今の時代、文字を手にし本(ホン)という素晴らしいものを手にした人類だが、この文化は果たしてこの先永劫に受け継がれていくのだろうか。

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