『できそこないの男たち』

以前、分子生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一さんの「できそこないの男たち」という著書についてちょっとだけ触れたことがある。何も「男はできそこないだから女より劣っている」という短絡的な話ではない。もっとも女子の中にはそういう話題を好む人が一定数いることは承知しているが、今日は別の話をしてみようと思う。それは次の言葉に集約されている。

<生命の基本仕様>ーそれは女である。本来、すべての生物はまずメスとして発生する。メスは太くて強い縦糸であり、オスは、そのメスの系譜を時々橋渡しし、細い横糸の役割を果たす”使い走り”に過ぎないー。

「できそこないの男たち」福岡伸一著

旧約聖書の一節にこのような記述がある。「神はアダムの肋骨の1本を取り出して”女”を作った」と(旧約聖書 創世記2.21-23)。またボーボワールはこう言っている。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と。しかし、それは大きな間違いだった。それは男の方にこそふさわしい。「男に生まれるのではない、男になるのだ」。

ヒトは卵子が精子によって受精してから発生がはじまる。その精子の23番目の染色体がXXであるかXYであるかによって発生する個体の性が決まる。XXならメス、XYならオスである。しかしヒトの場合だと発生から6週目までは性の区別はなくメスとして形作られていくのだという。そしてメスとして成長してきた胎児の体、特に生殖器官と排尿器官が、受精した精子の性染色体がXYだった場合に限って7週目からはオスとしてカスタマイズされて最終的にオスとして出産を迎えることになる。

あなたがもし男性だったら、自分の体の一部をもう一度よく観察してみるといい。陰嚢(睾丸を包んでいる袋)の裏側に”縫い目”の痕跡のようなものがあることには気付いていただろう。それはメスには必要だった膣への入口の割れ目を閉じ合わせてできた跡なのである。かくしてメスの体はオスとしてカスタマイズされる。それは遠い昔の話ではない。受精して胎児となってから女性の子宮の中で毎回繰り返されているのだ。

だから女性の体の設計図が完璧に出来上がっているのに対して男性のそれは突貫工事で半ばやっつけ仕事で作られたように欠陥がある。恐らくこれが人の平均寿命の男女差を生み出しているのかもしれない。この平均寿命の差は日本人だけのことではない。世界的にほとんどすべての民族において男性は女性より10年ほども短命なのである。これはもう環境要因ではない。「弱きもの、汝の名は男なり」ということなのだ。

メスだけで子孫を残す生き物はたくさんいる。ミツバチの例はあまりにも有名だ。女王蜂はそのクローンを働きバチとして作る。だから働きバチはすべてメスだ。一方でオスとの受精卵から生まれるのはオスの蜂になる。子孫としてオス蜂を残す時にだけ女王蜂は有性生殖をする。オスの蜂の役目はDNAを残すというその一点に限られている。

日本の社会は男性社会だと言われる。随分前から女性の社会的地位が世界でもかなり低い方だという調査結果が発表されてきた。これはもしかしたら”生物学的に弱いオス”が自分の立場を守るためにそのような世界を作り上げようとしてきた結果なのではないかと思ってしまうのだ。あなたはどう思うだろうか。

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