物欲大魔王

ちょっと前まで欲しいものはいくらでもあった。車、ギター、スマホ、パソコン、スキー、ダイビング器材、カメラ、etc…。使うか使わないかわからなくてもパッと見て面白そうだと思ったらすぐに買っていた。中には面白くて役に立ったものもいくつかあったが大抵のものはすぐに飽きて使わなくなってしまった。そして今、ついに欲しいものがなくなってしまった。我慢しているわけではない。欲しいと思わないのだ。

学生の頃は趣味のギターや部活のトランペット、免許を取って車やバイクが欲しくなった。それらがあれば楽しい夢のような生活ができると思った。事実、車を買って気のおけない友人たちと神奈川県内から山梨、長野、群馬、栃木、静岡と1年間に10万キロ以上も走り回った。お金がなかったので高速道路を使わず国道から砂利道の林道まで見境なく走った。おかげで当時は山梨、長野、群馬あたりの道はどこに行っても迷うことなく走ることができた。

大人になってある程度分別がつくようになっても物欲は衰えることがなかった。仕事で使うパソコンは職場で支給されていたが、家に帰ってからもプライベートのプログラム開発をしたりデジカメ写真の加工をしたりするためにいつも最新のパソコンが手元にあった。毎週末に通っていた伊豆の海でダイビングをするために常に整備された潜水器材は不可欠だったしこれまた趣味の水中写真を撮るためにデジタル一眼レフカメラや交換レンズ、カメラごとに防水ハウジングを揃えた。水中ストロボを買いアームを揃え水中ライトを何本も買った。手当たり次第に欲しいものを買い揃えていた。

ところが2011年の大震災を機に毎週潜りに行っていたダイビングから若干距離を置くようになった。取り立てて理由があったわけではない。強いて言えば「自粛ムード」に乗っただけなのかもしれない。海に行かなくなったので車で出かけることも激減した。潜らないので水中写真を撮ることもない。パソコン趣味は細々と続けていたもののもはやハイスペックの機械は必要なくなった。今ではSNSやネットサーフィンくらいでしか使わなくなった。あとは仕事の原稿書きや資料作成くらいだ。

iPhone3Gが発売された頃に初めてスマホを買い、2年に1度くらいは新しい機種に買い換えたりしていたが、数年前に電子マネーが使える機種が出てそれに買い換えて以来、新しいスマホへの興味も消え失せた。「欲しい!」と思う機能が増えたわけではなく現状に満足していれば壊れない限り買い替える必要はない。いや壊れたとしても修理できるなら直して使い続けたいと思う。新機種に替えればまた面倒な設定や自分なりのカスタマイズを施さなければならない。そんな面倒は御免である。

新しいものへの興味が失せていくに従って使わないものは欲しいと思わなくなった。今では新しいものどころか「使わないものは持っていたくない」と思うのである。かっこよく言えば「断捨離」だ。身の回りをできるだけシンプルにしておきたいと思うようになった。すでに持っているものでも使わないものは手放したいと思う。誰かに譲ってしまったり下取りに出したり捨ててしまったり…。

今頃になって感じるのだが、物欲は心の隙間を満たすことはできるが精神を貧しくする。なんでも欲しがって手に入れようとしたが、手に入れたことで豊かになった経験や体験ももちろんある。しかしそれは何も物でしか満たすことのできないものではなかったのではなかったのではないだろうか。工夫すればすでに持っていたものを使って、容易に手に入るものを使っても満たされるということがわかってきたような気がする。逆に新しいものを使わずに新たな体験をすることの方がより充実して感じられるようになったのは、もしかしたら歳のせいかもしれないと思うのである。

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