想定内

あなたが何かに困っている時、身の回りに相談する人はいますか?
イジメ、受験、パワハラ、リストラなどなど今時の人生はお悩みの連続です。いやきっと昔からそうだったに違いありません。それでもなんとか生き抜いていくためには困難で不可能だと思われる問題も解決しなければなりません。自分で解決できるならそれに越したことはありませんが、自分の力だけではどうにもならないことだってあります。

そんな自分一人ではニッチもサッチもどうにもならなくなった時に悩みを打ち明けられる人はいますか。両親や兄弟姉妹、心を許せる友人や恋人、同僚などに自分の窮状を打ち明けられますか?それとも一人で悩んだまま悶々としていますか?

悩みのない人生などありません。多かれ少なかれ人は誰でも悩みを抱えて生きています。そんな時、たとえいいアドバイスや解決方法が得られなかったとしても悩みを打ち明けることで気が楽になることもあります。でも欲を言えば、自分のお悩みを解決してくれるならそれに越したことはありませんよね。

もっとも自分が悩み抜いて考え抜いても答えが見つからないことを相談された誰かが簡単に解決してくれることなどまずありません。相談しても至極当たり前の答えしか返ってこないことがほとんどです。「クラスでいじめられて学校に行きたくない」と打ち明けても「そんなこと気にしなければいい」とか「いじめられてる方にも問題がある」などと言われれば「そんなことわかってる!」と言いたくなったりします。

職場でパワハラを相談したところで「自分の上司なんだから我慢するしかない」と諭されても「だから黙ってずっと我慢してるんじゃないか!」と返って腹が立つことだってあります。そりゃそうです。自分の悩みはあくまで自分の悩みにすぎません。相談した相手にとっては正直なところ”どうでもいい他人の問題”なのです。

ありきたりの当たり前の答えしか返ってこないとわかっていても実際にそう言われると失望してしまうのはどうしてなんでしょう?それは心の片隅でちょっとだけ期待しているからです。ダメ元で相談してはみたけど、もしかしたら画期的なアイデアで鮮やかに解決してくれるかもしれないと期待しているのです。

相談してくる人は(特に男は)、自分の限界を打ち破る画期的なアイデアを期待して答えを求めてきます。しかしそんなに簡単に答えが出るのなら最初から誰も苦労はしません。誰もが答えのない答えを探して苦悩しています。

大抵のことはありきたりで平凡で取るに足らないことを愚直に続けていくことでしか解決できないことがほとんどです。誰もが王道を探して一発大逆転の妙案を求めています。しかしそれはジャンボ宝くじの特賞に当たることを期待しているようなものです。宝くじを買う人はみんな決まって「買わなきゃ当たらない」と言います。しかし現実は「宝くじなんて買っても当たらない」のです。「当たるかもしれない」というほんの僅かな期待を買うのです。

今年もそろそろ大詰めになりました。あなたは来年に向けて何を求めて宝くじを買うのでしょうか?

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