男の料理

「男の料理」というとワイルドな、いやそこはかとなく粗野なイメージの乱暴な料理を思い浮かべる。その最たるものはBBQに代表されるような”ただ切って焼いておしまい”というものだ。味付けも塩とコショウだけなどと聞かされるとご婦人方は「ワイルドぉー!なんか男の料理って感じ!」などとおだてて、ますます男をいい気にさせるのである。そこには最初から展望も計画もなくほとんどが行き当たりばったりでムダも多い。「男は細かいことなんか気にしないんだよ」などと言うが気にするだけの繊細さがないだけだ。

そもそも「男の料理」などと言われる時は男の”趣味としての”料理であって日常の家事としての料理を指すことはない。金に糸目をつけず使いたい材料を使いたいだけ買い込んできて経済性など考えずに使いたい部位だけを取り出して他の部分は惜しげもなく捨ててしまう。普段家庭で毎日の家計をやりくりしている主婦には考えられない乱暴さでしかない。

毎日、最小のコストでできる限り美味しいの食事を作ろうとすればスーパーで2〜3日先までの献立を考えながら多少量が多くても安売りでコストパフォーマンスの良い材料を吟味して買うことになる。家の冷蔵庫に残っている野菜や肉、在庫してある缶詰などの保存食や調味料を考慮した上で、前日や翌日の献立と被らないようにテイストや調理方法を考えながら栄養や色味のバランスをとっていく。その意味で料理も究極のバランス作業である。

限りなく時間を使えるわけではないからあらかじめ仕込んでおかなければいけない食材は何時間、何日も前から準備しておくことが必要になる。大豆やもち米を水に浸けておくあいだその傍らでじっと待っているわけにはいかない。

それに対して男の場合、「(所詮は)男の料理」という意味で使われることが多い。それは実用的には”役に立たない”とほとんど同義である。そんなにお金と手間と時間をかければ誰だって美味しい料理を作れるさと小馬鹿にしている。そうしてやっと出来上がったイチブツは決して美味しいわけではない。しかし優しいご婦人たちは決して「不味いわ」などと言わず「さすが男の料理はワイルドね」と気の弱い男のナイーブな心を傷つけないように気を使ってくれるわけだ。

その上に汚れっぱなしの調理器具や食器を綺麗に片付けるのはご婦人方の仕事と決まっている。飲んだくれた男は「オレの仕事はもうオシマイ」とでも言わんばかりにソファーにドカッと座って1ミリも動こうともしない。傍から見ているとただの嫌がらせに見えなくもない。それでいて男は得意満面で「今日はオレが最高の料理を食わせてやった」といい気になっている。

これではもうただのワガママで迷惑な趣味でしかない。もちろん自分の手料理(?)で家族をモテナシたいという気持ちは殊勝である。それならば自分の小遣いを使って最後には始める前の状態に完全に戻しておくくらいの気概で取り組めば家族やご婦人方もまだ諦めてくれるのではないだろうか。しかしそれもせいぜい半年に一度くらいが望ましいと思うよ。

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