パラドックス

パラドックスとはギリシャ語のpara(超える、反する、外れている)とdoxa(通念、思考)が合わさった合成語が語源と言われている。一般に正しいと思われていることや常識だと思われていることと反対のことが起きていたり理屈や理論には合わない結果が出ること、説明できないような不合理な結論などを見て「パラドックスだ」と言われることが多い。

クレタ人のエピメニデスが提起した「自分は嘘つきだ」という話は有名だ。自分が本当に嘘つきならば自分の言った「自分は嘘つきだ」という言葉も嘘ということになり「自分は正直者だ」ということになる。しかし正直者であるならば「自分は嘘つきだ」という言葉も本当であり自分は嘘つきだということになる。自分は嘘つきなのか正直者なのかという二律背反の関係が生じることになる。ただコペルニクスが宗教裁判にかけられて「それでも地球は動く」と言ったのは当時はパラドックスだったが、人工衛星が飛んでいる今となっては厳然たる事実としてほとんどの人に認められる事実となっている。

物理の世界には今なおパラドックスと思われていることは多い。アインシュタインの特殊相対性理論では物体はどんなに速く移動しようとして加速を続けても光速度は超えられないと言っている。物体の相対速度が光速度に近づくとそれぞれお互いの物体の質量は増加していき光速度に達した時には無限大になるという。ニュートンの運動方程式でも明らかなように無限大の質量を持つ物体にどれだけ大きな力を加えてもそれ以上は加速できないのだから理屈は通る。通るが不変だと思っている質量が増えていって無限大の重さになるというのは簡単には納得できない。

また相手側の時間は次第に遅くなり光速度に達した時には時間が止まってしまうことになる。このことはジェット機が発達した現代では飛行機の中に原子時計という非常に正確な時計を積んで実験したことで事実だったことが証明されている。「誰でも1日は24時間」だと言われるが厳密にはそうでもないのである。

空想の世界には「永久機関」というものがある。外部からいかなるエネルギーも加えなくても永久に動き続けるという仕組みだ。エネルギー保存の法則では運動エネルギーを発生させるには何らかの力学的、化学的エネルギーを与え続けなければならない。電池はやがて放電しきって止まり生き物も食料がなくなれば永久に生き続けることはできない。

しかしパラドックスが永久にパラドックスであるという保証はない。いつの日か何らかの発見やイノベーションが起こってパラドックスが常識になることがないとも限らない。そんな未来がすぐにやってくるとは思えないが、「そんなの常識だよ」と固定観念にとらわれることなく柔らか頭を持つことで人生が少しでも楽しいものになることを望んでいる。

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