ハンコ

最近お役所に行って手続きをしなければならないことがあって毎日のように市役所や税務署、年金事務所に行っている。お役所といえば何はなくとも”ハンコ”が大切だ。どんな書類でもとりあえずハンコをつく。ハンコといっても実印や銀行印、社判など色々あるがほとんどの書類で必要なのはいわゆる三文判である。

そんな時には鈴木とか佐藤という名前は便利だ。100均でもどこでも三文判は手に入る。しかし”鳥巣”の三文判は生まれてこのかたお店で売っているのを見たことがない。役所の窓口では「三文判で構いませんから押してください」などと軽々に口にするがそんなものはどこを探しても売っていないのだ。だからボクの持っているいわゆる三文判はとても三文なんかでできる訳はなく小学校や中学校、高校を卒業した時に記念にもらったハンコを大切に使っている。その後就職するたびにもらったシャチハタも何本か残っているのでこれも荷物の受け取り印などに使っている。

最近ではインターネットで電子申請すれば方がつくことが多いので印鑑を押さなければいけないのは銀行や郵便貯金と役所の手続きくらいだ。銀行や郵便貯金では昔から”銀行印”が使われているし通帳と印鑑を持っていけば預金を下すこともできるのでまだハンコは必要なのだろうなとは思うのだが、ネット銀行のありようなどを見るとこれだって本当に必要なのか疑わしい。

役所の戸籍や住民票の変更申請書などにハンコを押す意味は何なのだろう。元々は本人確認という意味もあったのだろうがハンコ自体を持っていれば誰でも押印できるのだからそもそも本人確認の証拠にはならない。その証拠に役所の窓口などでは免許証やマイナンバーカードなどの写真付きの身分証明書の提示を求められる。それならハンコなど押さなくても良さそうなものだがやっぱりハンコがないと受理してくれない。

しかもそこに押す印鑑は”本人のものである必要はない”と役所の人が言っているのだ。いや言ってはいない。そんなことを言ったら問題になるので「誰のハンコでもいいんですよね?」と訊くと「それは私の口からは申し上げられません」などと言うのでバカらしくなってこちらもつい笑ってしまう。
だから役所でハンコを押す必要があっても役場の中の売店で三文判を買ってきて押せば全く問題はないのだが、ハンコがないと全く受け付けてもらえないのはどんな理屈なのだろうか。つまりは”何がしかの”赤い印が付いていなければいけないのだ。そんなものに何の意味があるのだろう。不合理と非効率の極みである。でもその仕事がなくなると公務員の数を減らさなければならなくなるので彼らも必死なのだろう。それに三文判業者の利権も守らなければならないという義務感もあるのかも知れない。

今まで何10年も役所のハンコには悩まされ何度も繰り返し役所に繰り返し出頭させられてきたので、今では最初に役所に行く時から考えうる全てのハンコと証明書類、印鑑登録証、マイナンバーカードなどの全ての武器を持って臨むことにしている。

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