日本人は常に被害者なのです

日本では長崎・広島への原爆投下や悲惨な沖縄戦、東京大空襲をはじめとした全国各地への空襲など、”悲惨な戦争”といえば日本がアメリカから受けた被害を指すことが多い。しかし一方で中国大陸やフィリピン・マレーシア・ベトナムなどの東南アジア諸国、インドネシア・ニューギニアなどの南方戦線で旧日本軍が行った卑劣で残酷な仕打ちについての悲惨さが言及されることは少ない。それに比べてナチスドイツがヨーロッパで行ったホロコーストなどは今でも散々に非難されドイツ人は反省している。

なぜ日本人は自分たちの残酷さについて言及することなく他から受けた被害についてだけ語ろうとするのだろうか。それはおそらく、太平洋戦争初期には最前線は中国大陸やはるか遠くの南方にあって普通の国民が直接目にする機会が非常に限られていたからではないだろうか。中国や東南アジア諸国に赴任していたり移住していた人は別として、北海道や九州・四国を含む日本本土に暮らす多くの日本人にとって戦争ははるか彼方で行われているものだったに違いない。自分が見ることのない遠い土地で、自分の父や兄、子供や身内がどんなに残酷なことをして(させられて)いても自分で目にしていないことは信じられないだろう。

日本には自分たちが侵略して残酷な行為をした場所が近くにはない。近くにあるのは空襲や原爆、地上戦で滅茶滅茶にされた沖縄など、日本が残酷な被害を受けたところばかりだ。だから普段日本人が目にするのは”やられたところ”ばかりなのである。だから太平洋戦争では日本人は100%被害者だと思っている。日本人が他の国の人々に対してやってしまった残虐行為を反省することは少ない。軍人以外の多くの日本人にとっての戦争体験は戦争末期になって自分たちが散々にやられたことだけなのだ

ところがナチスドイツなどは自分たちの住んでいるすぐ近くにホロコーストのあった現場があった。今でも捕虜収容所跡など残っていて自分たちの国がどんな残虐行為をして大量虐殺を行ったのかの証拠を突き付けられてしまう。だからドイツ人は今でも引け目を感じているのだという。自分たちが残酷なことをした加害者だということを否が応でも自覚せざるを得ない。この辺りに日本との戦争観の違いや歪みがあるのかもしれない。

自分がされた嫌なことは決して忘れないが自分が相手に対してやった悪いことはすぐに忘れる。誰だって嫌がらせを受けた恨みは忘れない。殴ったことは忘れても殴られたことは忘れないのだ。そして直接目にしたり体験させられたことも忘れない。

スーパー台風や大洪水・地震・津波災害が日本中を襲うようになった今、自分が、自分の家が、自分の大切な人が被害に遭っていつ犠牲になってしまうかわからない時代だ。遠くで起きていることは他人事のように思っても、自分が直接受けた深刻な被害には正面から向き合わざるを得ない。皮肉なことだが自分が痛い目に合うようになって初めて、我々はやっとこれらを自分のこととして現実を意識し始めたような気がする。

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