脱線した話

昔読んだ本の中に書いてあった言葉や出来事は覚えているのに、何の本に書いてあったのかを思い出せないことがある。本の名前は思い出せてもどこに書いてあったのかが思い出せないこともある。特にエッセイなどではその傾向が強いのだが、面白いエピソードはほんのちょっとした脇道に潜んでいる。

小説でもなければ本や文章のタイトルから内容のすべてを慮ることは難しい。全体の話の流れからちょっと脱線したところに面白い話が散りばめられているから、それはタイトルに反映されていないことが多い。タイトルはその話の本筋や結論に基づいてつけられることが多い。寄り道や道草を食ったことは本題とは別の小話である。「あぁ、そういえば似たような話で…」と関連しているような話でちょっと笑いが取れるようなホッと一息つけるようなコラム的な存在だと思う。

学校の授業で先生が話したことなど時間が経てばサッパリと忘れてしまうが、休み時間に起きた愉快な出来事だけは鮮明に覚えているように。

本筋で肝心な話の内容と脇道にそれは話を結び付けるのはちっとした接続句だ。接続句だから工夫すればどんな話とも結びつけることができる。話を汎用化してしまえるわけだ。だから本筋に付けられたタイトルを見ても寄り道した部分を思い出すことができない。もちろん脱線した話は元に戻さなければならないがボクの記憶に残っているのは脱線したところばかりなのである。

でも脱線したところにタイトルをつけてしまうと本来の筋道が全く分からなくなる。寄り道はたまにするからいいのである。

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