新地のママ

他の誰かを理解しようと思った時には相手の話をよく聞くことが一番大切だ。誰かと親しくなりたいと思ったらまずはとにかく相手の話を聞くことだ。誰かに嫌われようと思ったら相手の話を遮って自分の自慢話だけを延々と聞かせればいい。相手の話を否定して自分が正しいんだと主張し続ければいい。間違いなくあなたは相手から嫌われるだろう。
だが話を聞いていても相手の言っていることを理解して適切に相槌を打ったり、気の利いた返事をするには幅広い知識と教養も必要だ。相手の話を理解できなければコミニュケーションをとることは難しい。気の利いた返事はできなくても相手に「ちゃんと聞いてくれてるな」と思ってもらえなければ「話をする価値のないヤツ」だと思われる。

バブルの頃、大阪の高級歓楽街の北新地で会員制のクラブに行ったことがある。もっともアレである。普通なら新人のボクが足を踏み入れられるようなところではない。アレをアレしてアレするために”お仕事”という名目で上司に同伴させてもらったに過ぎない。

静かでさりげなくゴージャスな店内ではお客の誰もが美人ママと話をするのを楽しみにしていた。超高級ウイスキーやコニャックのグラスを傾けながら聞くとはなしにママと他の客との会話を聞いていると、プロ野球の話や全米ゴルフツアーの話で盛り上がっていたかと思えば別の客とは株価の話や政府のバブル対策について話している。スコットランドのハイランドモルツウイスキーの話もすればアメリカ大統領と日本の総理大臣の首脳会談の話題に移っている。アフリカの難民対策の話も国連やEC統合の話まで出ている。

もちろん深い議論になることはないが全く知らなければついていけないような話題だ。すべての話に的確に相槌を打ちお客さんの立場を傷つけないように応対しているものすごい知識だと思った。ボクがトイレから戻ってくるとママがさりげなくおしぼりを差し出してくれた。その時にこっそり「いろんなことを知ってるんですね、いつ勉強するんですか?」と訊いたら、「特に勉強なんてしてないのよ」と言いながらも、他の女の子の話から、昼間に何時間もかけて新聞は全国紙から経済紙、スポーツ紙、週刊誌にまですべて目を通し、テレビのワイドショー番組まで見ているのだということが分かった。前日のプロ野球の結果はもちろんペナントレースの行方や週末のG1レース(競馬)のことまで知らないことはないのではないかというくらいに知識が豊富だった。

政府や日銀の金融政策の是非についてもあらゆる方向から見て、お客さんの機嫌を損ねないようにうまく話題を展開するのだ。中には別のお客さん同士の意見が違っていたりする。そんな時にもどちらも傷つけないように健康問題や世界平和へと話題を誘導していく。恐るべき接客テクニックだと思った。

もうあれ以来、新地のクラブに出入りするようなことはなくなってしまったが、恐らく東京・銀座のクラブのママ達もこんな風に努力を重ねているのかと思うとそれはそれは恐ろしくなるのである。あー、ボクももっともっと勉強しなくちゃです。えっ?何の?

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