えー、あー

講演や演説を聞いているととても上手い人とそうでもない人がいる。上手い人が話すとその内容がすんなりと頭に入ってきて落ち着くべきところに浸み込んでいくのだが、あまり上手でない人が話すと最後まで何を言っているのかわからないことが多い。もちろん話の筋書き、ストーリーがあって理解しやすいということもあるのだろうが、本当のところはよくわからない。少なくとも日本の政治家で演説の上手な人は残念ながらほとんどいない。

かつて小泉純一郎が総理大臣をやっていた頃、割と多くの人が彼の演説を気に入って支持率も高かった。今の安倍晋三の演説は100点満点の15点くらいだが、他に選べる人がいないのでかろうじて5割近い支持率を得ている。しかしこの二人を比べてみると話している内容にはほとんど違いがない。小泉純一郎はやたらと威勢はよかったが言っている内容にはほとんど中身がなくすっからかんだった。安倍晋三に至っては言わずもがなである。

小泉純一郎のやった郵政民営化は大した効果も出さなかったばかりかかんぽ生命の不祥事に繋がったくらいだし、非正規雇用の規制緩和は格差社会を生み出して日本の社会をぶっ壊した。彼は「自民党をぶっ壊す!」と言っていたが壊れたのは国民生活の方だった。それでも未だに彼はあまり国民から恨まれていない。小泉純一郎は中身もなく日本の社会をめちゃくちゃにしたにもかかわらずなぜ高い支持率を得られたのだろうか。

ボク個人の考えだがそれは彼の演説だと思っている。
「あ~~~…、え~~~…」ばかりを連発していたのは元総理の大平正芳だ。中身がないどころか何も言えなかった。たぶん何も言えないことが自民党内から安心感を持たれて首相に推されたのではないだろうか。ほとんどの国会議員や政治家は「私はぁ~あ、この度のぉ~お、参院選にぃ~い、勝利できたことはぁ~あ…」と語尾を引き延ばす。恐らくはその間に次にしゃべる言葉を探すための時間稼ぎだ。この「のぉ~お」が曲者でその前と後に何を言っているのかを分からなくする魔術だと思っている。

小泉純一郎は街頭演説でも紋切り型で何でも言いきっていた。やるかやらないか、できるかできないかにかかわらず言い切ることを信条にしていた。今はその息子の進次郎が話題になっているが、彼も内容のない話でも言い切ることと親父の名前でのし上がってきた。ただ彼はまだ若いので発言が周囲にスキを与えてしまうことが多い。まだ役不足といったところだろう。国連での”セクシー発言”は失笑どころかとんだ笑いものだった。

政治家なら「何を言いたいのかわからない」演説も強みになるが、企業や学校で大勢の人の前で話すときには「何を言っているのかわからない」では困ってしまう。言いたいことがあってそれを皆に伝えたいのなら「えー、あー」を決して言わないことが大切だ。そのためにはしゃべりの台本を作ってすべてを丸暗記するかひたすら台本を読むという方法もあるが、そうなると今度は話にアクセントや抑揚がなくなって聴衆は眠くなってしまう。それはかつての学校の授業でもみんな経験済みだと思う。

ではどうするか。細かい台本がなければあらすじは決めてあっても次の直近の言葉の出だしは話している間に考えなければならない。考えなければならないがその時に「あ~」などと声を出さなければいいわけだ。考えているときは”黙る”、それだけでいい。黙って考えている間に聴衆の顔や反応を見て次に話す言葉にすればいい。

かつては自分が演壇の上で話している姿をビデオで撮って見直すと、最初の頃はやっぱり「え~、あ~」ばかり言っていた。それはハッキリ言って耳障りでしかない。聞いていてイライラする。だから考えている間は絶対に声を出さないぞと決めた。それからは次第に余計な声は出さなくなり、同じことを話していてもわかりやすくなって評判も良くなった。

ほんのちょっとしたことだが、人前で話す機会のある人の参考になれば幸いだ。

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