巨人・大鵬・玉子焼き

昭和30年代の子供が大好きだったものらしい。さすがにボクたちの世代には相撲の大鵬は引退していたし子供に人気のカレーライスもあったから、残っていたのはプロ野球の巨人くらいのものだったが、ちょっと上の世代の人に話を聞くとその人気は絶大だったという。確かにあの頃、家の近くの空き地でやっていた草野球に集まるガキどもはほとんど全員ジャイアンツの野球帽を被り王貞治や長嶋茂雄のサインが印刷されたバットを持っていた。世の中の価値観が多様化する以前の昭和の話である。

駄菓子屋に行けば大玉という1個5円の飴やのらくろガム、甘酸っぱいあんずの砂糖漬けにみんなが夢中になっていたが、考えてみれば他に選びようがないほど売っているお菓子の種類は少なかった。中には阪神タイガースの帽子を被っている者もいたがそれは所詮マイノリティであり、ヤクルトスワローズや大洋ホエールズのファンだと言おうものならいじめの対象になりかねない。もっともパ・リーグのロッテオリオンズや南海ホークスなどは絶滅危惧種だったので誰からも相手にさえされなかった。

多くの大人がそうであるように子供も有名人や権威に弱い。自分が弱い生き物だから”寄らば大樹の陰”というわけで何かにすがろうとするのだ。もっとも子供に限らず大人でも一匹狼には生活の保障もなく、何か想定外の事態が起きれば素っ裸で寒空の下に放り出されてしまうのだから”スイミー”よろしく集団を形成したがるのは無理もない。一人でいるのが怖ければ仲間と集団を作って価値観を共有する、というより価値観が同じであるように振舞う。だからみんな「巨人・大鵬・玉子焼き」なのだ。

人は相手と価値観が共有できれば味方だと感じる。価値観が違えば「何を考えているのかわからない」と思う。何を考えているのかわからない人と仲良くするのは抵抗があるし何をされるのかわからないから警戒する。昭和の頃の子供は、みんなが同じような価値観を持って仲よくしようとしたから表向きはうまくいっていたような気がする。中には同じ価値観を持とうとしない子もいたけど、そんな子とは一緒に遊ぶことさえしなかった。

今は何事にも多様性が叫ばれてオリジナルであることが一番いいことだという考え方が広がった。でも心の奥底ではなお他人の心の多様性を認めない性質が残っているような気がする。自由の国といわれたアメリカでも建国250年近くが過ぎた今でさえ人種差別は明らかに色濃く残っている。

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