なんで?

よく知りもしないことにも訳知り顔で「そーだよなー」などと相槌を打つ人がいる。ボクは「知ったかブリ男」と呼んでいる。ブリ男くんは何事に対しても深く考えることもなく、誰かから聞いた話を丸のみにしてさも自分の意見であるかのように自分でも勘違いしている。だからそのことについて私見があるわけでもないし思い入れもない。要するに何も考えていないしどうでもいいことなのだ。何事にも深く考えることをしない人は精神も薄っぺらい人間になる。

しかし普段から何も考えず知識を吸収しないことはそんなに悪いことだろうか。自分にとって興味が湧かないということは要するにつまらないことだ。つまらないことには誰だって興味が湧かないしモチベーションも上がらない。自分にとってどうでもいいことをウジウジと考えるのは時間の無駄でもある。それならいっそゲームでもして時間つぶしをしていたほうが精神も健全に保てそうな気もする。そう思うのならそれでもいい。自分の時間をどう使おうが自分の勝手だ。

新しい知見を吸収することもなくボーっとして何も考えずに過ごしていれば、恐らく小さなトラブルに巻き込まれることもなく平穏な生活を送ることができるかもしれない。今を生きるほとんどの人にとって平凡で浮き沈みのないぬるま湯の生活は不安のない穏やかな暮らしだ。リストラされることもなく会社が定年までの生活を保証してくれ、定年後は穏やかな年金暮らしが保証される。死ぬまで安泰なのだ。そう思って暮らしてきた。

ところが最近になって「年金だけじゃ生きていけませんよ」などという噂が平和な生活を一気に濁流の中に突き落としている。定年も年金も戦後の日本政府の政策だった。「生きている間は誰かが面倒をみますよ」という将来不安のない生活を政府が保証するというものだった。しかしそれには日本の経済が未来永劫順調に成長するならばという前提条件が付いていた。ところが昭和が終わってからの平成の30年間、日本の経済は全く成長できなかった。そのため少子高齢化だけが進み給料は上がらず健康保険も年金も行き詰まろうとしている。

今のスキームで経済が永遠に急成長することなどありえない。物がない頃は誰もが買いたがり、みんなが持つようになったらまだ持っていない人に売ればいいのだと”自称”経済の専門家は言い続けている。でも世界の人口を養うだけの食料は限られており、いつかは”持たざる人”はいなくなる。マルチ商法(いわゆるネズミ講)では組織内の”子”や”孫”を作れば自分は何もしなくてもお金だけジャンジャン入ってくると言われて勧誘を受けるが、冷静に考えてみれば1人の会員がそれぞれ10人に商品を販売すれば10数代目で世界の人口を超えることはすぐにわかる。続くわけがないのだ。

何にも疑いを持たず何も考えずに他人の意見を鵜呑みにしていれば簡単なトリックにも引っかかってしまう。それでもいいというなら好きにすればいいけどさ。

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