うまいんだな、これが

最近はあまり見かけなくなった選挙カー。候補者の名前をバカの一つ覚えのように連呼するばかりで煩いだけである。そもそもそこら中を走り回りながら政策など訴えられるわけがないのだから、名前をがなり立てるだけでは住民から憎まれるばかりでいいことなど一つもない。だからといって駅前の立会演説会が素晴らしいのかといえばライバル候補のヘイトスピーチばかりで頭の悪さをご開帳するばかりである。

それはテレビやラジオのCMでも同じだ。バーンと商品の写真がアップになった途端に芸能人がバカ笑いしながらスキップしたりダンスしたりで見るに耐えない。これらのCMに共通しているのは商品の売りだけをしつこくアピールしたり商品名を連呼するだけだったりするだけなのでツマラナイ選挙演説と同じレベルだ。

見ていて面白いCMはその裏にある情景がそこはかとなく感じられてクスッと笑わせられてしまう。かつてショーケンや和久井映見が出ていたサントリーモルツのCMをご存知だろうか。♪モルツっ、モルツっ、モルツっ、モルツっ・・・♪と歌っている前で寸劇が始まる。最後に「うまいんだなこれが」となって大団円である。

こういう失敗もたまにはあるけどそんな時には泡立つモルツをグビグビっと飲むのがいいよというメッセージになっている。メッセージのないCMには心に響くものが何もないからすぐに飽きてしまうのだ。そんなCMに限ってしつこい程繰り返し放映されるのだからお手上げだ。

サントリーのCMはオールドや角瓶といい秀逸なものが多かった。長塚京三がや田中裕子が「恋は遠い日の花火ではない」と言えば國村隼が「人生、おいしくなってきた」と言っている。小林亜星の名曲「夜が来る」が流れる中、その情景と心の内側を吐露するような映像が流れる。しかし最近では「唐揚げとハイボールで”ハイカラ”」などというオヤジギャグにもならないツマラナイCMばかりになってしまったのは返す返すも残念な限りだ。

大原麗子はレッドのCMの中で、一人で冬山に出掛ける亭主の荷物の荷造りをしながらウイスキーの小瓶をザックに詰めている。最後にはザックをキックして八つ当たりする。いつも置いてきぼりの自分を見て「すこし愛して、ながく愛して」。

缶コーヒーBOSSの「宇宙人ジョーンズ」シリーズは初期のものはストーリーもよくできていた。トミーリー・ジョーンズは地球人に向かって「この素晴らしき、ろくでもない世界」と言った。それを見た地球人に「お疲れさま」と「ホッと一息」感を感じさせることが上手かったのに最近ではマンネリでつまらなくなってしまった。

CMの企画はドラマ以上に緻密に練られたものが多かった。15秒の間にどれだけ心の奥底までメッセージを届けられるかが勝負だから作る方も真剣勝負だ。だが同じ15秒間でも何も伝わってこないCMの方が圧倒的に多い。

秀逸なCMも駄作も視聴者にとっては同じ15秒間を費やすことになる。くだらないCMなど見ている時間がもったいない。だから最近ボクはテレビ番組は全て録画してつまらないCMはトバして見ることにしている。選挙の時の政見放送と同じ扱いである。

世のビール好きには申し訳ないが、元々ビールがあまり好きではないボクにとってはサントリーモルツが粒より麦芽100%だろうがアサヒDRYにキレがあるのにコクがあろうが味の違いなど判らない。ホッピーとビールを飲み比べても違いが判らないんじゃないかと思う。つまりはドーデもいいんである。インスタントコーヒーの違いも判らなければビールの違いも判らない。「違いの判らない男」なのだ。だから和久井映見や牧瀬里穂が演じてくれるストーリーだけを楽しめればCMの最後のしっぽなど全く必要ないのである。

※CMのしっぽ:CMの最後に入る商品のカットやメーカー名・商品名のこと

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