書き順

高校生の頃、将来は小学校の先生になりたいという友達がいた。どうやら当時やっていたテレビドラマの「熱中時代」の水谷豊演じる熱中先生に影響されたらしい。高校を卒業してからしばらくは一緒にアパートを借りて今でいうルームシェアをしていたのだが、大学時代からことあるごとに「薔薇って漢字で書ける?」とか「熱中って書ける?」などと言ってくるヤツだった。

小学校で習うような簡単な漢字ならスラスラかけるのだが、そんな時にも「書き順、ちがーう!」といちいち指摘してくるので厄介だった。「書き順なんてどうだって完成形が合ってればいいんだよ」と言っていたのだが、実は子供のころから学校で漢字を習うたびに「なんで書き順なんてあるんだよ」と少なからず不満に思っていた。字なんて書き順がどうだって最終的に形になっていればいいじゃないかと思っていた。でも学校のテストには書き順を答えさせる問題が出たし、ちょっとでも間違えると減点された。

それはおそらくボクが習字教室に通っていなかったからだと思っている。当時、学校で流行りだった珠算教室にも習字教室にもボクは行かなかった。唯一通っていたのは土曜日の午後の絵画教室だけだ。もしボクが習字教室に通っていたなら書き順をそこまで疎かにすることはなかったんじゃないかと思っている。

毛筆で字を書こうとすればハネやハライに無関心ではいられないし、字を書いている途中でも次に筆を下す場所に効率的に手を動かすためには書き順がとても重要になる。なぜなら日本語の楷書は基本的に一筆書きから発展してきているからだ。行書はまだしも草書の文字などボクには読めない。しかしいわゆる”崩し字”は字を一筆書きするような感覚に近いのだと思っている。そのためには書き順が分からなければ読むことも書くこともできないという訳だ。

大人になるまで書き順が毛筆由来だということを知らなかった。書き順を疎かにすれば字の形そのものが乱れて綺麗に書けない。それを目の前で教えてくれたのはかつての職場の大先輩で数々の影響を受けたオオエさんというお爺さんだった。その人は普段から仕事のメモを書くにも筆ペンを使い、定年を過ぎて嘱託になっていたので時間があれば毛筆を練習して俳句や短歌を作っていた。雅号は「在波大江」、アロハ・オーエと読むのだと言っていた。

ホテルのブライダル部門にいると披露宴の席札や宴会場の看板などを書くのに毛筆との関わりが非常に多い。だからブライダル事務所の隣には筆耕(ひっこう)室という部屋があって常に筆耕さんが控えていて何でもすぐに毛筆で書いてくれたものだった。三谷幸喜監督の映画「有頂天ホテル」でもホテルの筆耕さんが重要な役どころを占めていた。オーエさんは暇さえあればいつも筆耕室で油を売っていた。

もはや万年筆やボールペンすら使われなくなりワープロやパソコン全盛の誰もが活字体ばかりを重んじる世の中になってしまったが、何百万という漢字を持ち最後までタイプライター文化ではなかった日本語を母国語に持っている人間として、もう一度毛筆文化を見直してみるのも風流でいいじゃないか。そんなことを想いながらもいつも書き順を間違えているボクなのだった。

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