不回転寿司

行きつけの回転寿司にお昼を食べに行った。平日の昼はお客さんも少ないのでカウンターの中にいる職人さんに直接注文するのが以前からのこの店の習わしだった。だからベルトコンベアの上に寿司は廻っておらず「プリン」だとか「潮汁」などと書かれたPOPだけが廻っていた。しかし先日この店を訪れた時にはとうとうベルトコンベアすら電源が切られていた。もはや回転するものは何もない。

考えてみれば、いや考えなくてももっともなことだ。寿司を乗せないのならベルトコンベアの電気代がもったいない。廻っていなくても誰も困らない。いやもしかしたら子供は残念に思うかもしれないが平日の昼間なら子供はやって来ない。子供は親の支配から逃れて自分の好きなものを自由に選べることに喜びを見出しているようだから、ベルトコンベアに食べ物や飲み物が乗って廻っていないとつまらなく感じるようだ。そんなところにもファミリー客が回転すし店を好む理由があるのかもしれない。

以前に「スシロー」という回転寿司チェーンが大人気だというので試しに視察に行ってみたことがある。席に案内されるとタブレット端末を渡され「こちらで注文してください」と言われた。それがいわゆるメニューになっている。ボタンにタッチして好きなネタを注文すると横で廻っているベルトコンベアに「3番席の注文品です」のような荷札がついた皿がやって来た。なるほど、ここでも受注生産なのだった。黎明期の回転寿司のように萎びて干からびた不味そうな寿司はもはやここにはない。しかも誰とも口を聞くこともなく顔を見ることもなく注文できるわけだ。これは今のパパママを含めた若者にはストレスフリーなのだろう。

どうやら他の寿司チェーンでも普通の「鈍行レーン」の他に「特急レーン」なるものがあって至急の注文は特急レーンですぐに届けられるところもあるのだという。回転寿司はこの30年間に驚くような進化を遂げている。しかしここは確かに”回転”寿司の体裁が保たれている。

回転寿司ができ始めた35年ほど前のこと、古くからの寿司屋は戦々恐々とした。もはや寿司屋は絶滅の危機だと言われた。確かに現在では古くからの寿司屋は数を減らしている。しかしそれは回転寿司と客の取り合いをしたわけではない。昔から寿司屋は高級な店だった。回転寿司は新たな客層を開発しただけにすぎない。古くからの寿司屋に通っていた客が減っただけで、その客が回転寿司に流れたわけではない。

回転寿司といえば忘れられない思い出がある。かつて公立高校に勤めていた頃のこと。同僚の信州大学出身の若い先生が「松本には船に乗って流れてくる回転寿司がある」というのだ。???と思ったがその先生が言うには、店の中には水が流れる水路があってそこに寿司桶が浮かんで流れているのだと言う。我々は休みの日に車を連ねて国道19号線を松本に向かった。

松本の手前の塩尻市でその店を見つけた。「かっぱ寿司」。そう今は一大勢力になった回転寿司の全国チェーンだ。勇んで店の中に入ると「カコン、カコン」と寿司桶がぶつかり合う音がしている。「これだ!」。我らは颯爽と席に着くと貪るように水の上を流れる寿司に夢中になった。慌てると手を滑らせて不安定な寿司桶から皿を水の中に落としてしまう。他にもそんな客がいるらしく、水路の中にはバラバラになったお米と寿司ネタが流れていた。残念ながらそんな楽しい回転寿司店もかっぱ寿司の全国展開とともに姿を消し、平凡な回転寿司店になってしまった。
青春の思い出はいつも酢飯のように甘酸っぱい。

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