仕掛け学

先日、ニュースで「病院の入口に消毒用のアルコールボトルを置いたのはいいが実際に手を消毒しようとする人はほとんどいない」という話を聞いた。消毒薬を置くことで病院は”義務を果たした”ことになり「消毒するかしないかは来院する患者の勝手」とも言えなくはないが、消毒しなければ感染症の予防には繋がらないのだから頭が痛い問題だ。その時に出てきたのが「仕掛け学」という名前である。別に「やりたい!」と意識はしていないのに誰もがついやってしまうような行動を研究する学問だそうだ。

大坂にあるその病院ではロビーの一角にローマの「真実の口」を模したオブジェを置き、誰かが口の中に手を入れたらセンサーが感知して消毒用アルコールを吹きかけるものを置いたのだそうだ。すると来院者の半分近い人が消毒を、いや”真実の口”に手を突っ込んだのだという。まんまと引っかかったわけだ。

同じようなやり方で、街角のゴミ箱の上にバスケットボールのゴールを設置することもやってみたという。すると紙屑を捨てるときにはちょっと離れた位置からシュートをしたがるらしい。たとえそれが外れてゴールが失敗したとしてもこぼれたゴミを拾い、もう一度ゴミ箱から離れてシュートを繰り返すのだという。その結果、周辺のポイ捨てが減ったらしい。ゴルフのパットでもバスケットのゴールでも決まった時には誰もが快感を覚える。それはたぶん習性だ。

最近の男性用小便器に付けられたハエなどの絵を模した”的(まと)”も似たようなものだろう。女性には理解できないと思うが、小便器に的が付いていると男は無意識のうちに的を狙ってしまうのだ。これで便器の外におしっこを垂らされる汚れが減ったらしい(最初からちゃんとやれという話でもあるが)。

これをうまく成功に導くには3つの法則があるのだという。それは、

・誰も損しない(公平性)
・ついやりたくなる(誘引性)
・仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が違う(二重性)

ということなんだそうだ。もっともな話で、誰かが損をするような仕掛けでは良心の呵責(かしゃく)がある人もいるだろうし、ついやってみたくならなければ誰も手を出さない。そして仕掛けた側の目的がミエミエでは興ざめだと感じる。多少は仕掛け人の目的が分かっても、自分がやりたくなって損もしないのなら手を出す人も多いに違いない。

きっと心理学の一分野なのだろうが、こんな愉快な仕掛けなら誰もが幸せな気持ちになれるような気がする。

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