歩きスマホをやめなさい、バカに見えるから

■ 「気くばりのすすめ」を知っていますか?
もう34年も前のことです。当時のNHKの人気アナウンサーだった鈴木健二さんが書かれた本です。最近になってその回顧録のようなものが出版され、Amazonのkindleで無料読み放題になっていましたのでちょっと読んでみました。鈴木健二さんは、NHKのアナウンサーらしからぬ軽妙な語り口と著書の中に著されるウイットに富んだ文章は当時から非常な人気で、ベストセラー本をいくつも著されたほどです。今では80歳を通り過ぎ90歳を前に隠居生活をされているようですが、隠居なのに本を著すとは、そのバイタリティに驚くばかりです。

■ 気配りは人間関係を穏やかにする妙薬!?
もうずいぶんと昔のことで記憶も曖昧なのですが、その著書の中では取り立てて「誰かの行為に目くじらを立てて指摘する」というようなアプローチではなく「昔の日本はこうだった」「あの頃はもっと人間関係がおっとりとしていた」「我々は何か大切なものを置き忘れてきたのではないだろうか」というような語り口で、以前の穏やかだった日本を思い出させるような物語を綴っておられたような気がします。「人と会ったら挨拶をしましょう」とか「人を指差すのはお行儀の悪いことです」とか「口の中に食べ物を頬張ったままおしゃべりをするのは品が悪いことです」「立ったまま物を食べるのはお行儀が悪いことです」など、我々が子供の頃には誰もが両親や周りの大人達から厳しく躾けられたことを例に出して「皆んながちょっと気を遣い合えば私たちの暮らしはもっと居心地が良くなります」ということを伝えたかったのだと思います。

■ 歩きスマホをやめなさい。バカに見えるから
新たに著された本ではあれから30余年が過ぎた日本社会の中であらたに気になることにも触れられています。いわく「歩きスマホをやめなさい、バカに見えるから」。当時はスマホどころか携帯電話などというものはなく、電車の駅には必ず「伝言板」という黒板が設置されていて「コウヘイへ、1時間待ったんだぞ!バカ!」みたいなことが書かれていた時代でした。一度家を出てしまえば本人に連絡を取る手段はほとんどなく、どうしても緊急な場合には思い当たる本人の立ち寄り先の駅やデパートで呼び出し放送をしてもらうくらいでした。今では知人と待ち合わせをするにも「今夜、渋谷で5時ね。うん、着いたら電話する」なんてテキトーな約束でもほぼ間違いなく落ち合えるようになり、駅の掲示板も随分前に撤去されました。ホントに便利な世の中になったものだと思います。でも…
電車に乗っている人を見ると、立っている人も座っている人も、ほぼ全員がスマホを見つめて下を向いている光景が日常になってしまいました。街中を歩いていても、スマホ画面だけに熱中して前も見ないで歩いている人も普通に見かけます。というよりそんな人ばかりです。もっともスマホに熱中している人はそんなことにも気づいていないのでしょう。
あなたはどうですか?1日に何回、スマホを見ますか?スマホで何をしているのでしょうか?ゲームですか?LINEですか?中には電子書籍を読んでいる人もいるかもしれません。
いいでしょう。今回お話したいのはそんなことではありません。

■ 「煙草は心の日曜日」!?
最近、東京では本当に少なくなりましたが、タバコを吸われる方なら煙草の箱に、煙草は健康に悪いので吸いすぎに注意しましょう、というような注意書きが書かれているのをご存知でしょう。もう40年以上前に専売公社(今のJT)に対して厚生省(今の厚生労働省)が”煙草の健康への害”を明記しなさい、といって書かせたものです。ちょうど喫煙と肺がんの相関性が一般に指摘され始めた頃です。もちろん当時はこれで禁煙した人もいたと思います。特に自分の健康が気になり始めた中高年にとっては深刻な話でしたから。でも若者にはそんなことは関係ありませんでした。ジェームス・ディーン(往年のアメリカのイケメン人気俳優)が煙草を咥えた写真を見て「かっこえぇー!」なんて言ってる時代です。煙草はちょっと不良っぽくて男の哀愁を匂わせる、女に子にモテるための必須アイテム(と当時の我々は思っていた)でした。男がカッコよくあるためには煙草を吸わねばならなかったのです。自分の健康を気にして煙草を吸わない男なんてダサかった(そう思っていた)のです。専売公社の広告でも「煙草は心の日曜日」というキャッチコピーで仕事のできる男の休日は煙草で癒される、というようなイメージを売り込んでいました。とにかく煙草を吸うことがかっこいい男の必要条件でした。

■ 「煙草は心の日曜日」!?
今では喫煙者も激減し煙草を吸える場所もほとんどなくなりました、一部の中年と一部の未成年者を除いては。煙草が急激に高価になったせいもあるでしょう。吸える場所が減ったせいもあるでしょう。でも一番多くな要因は「煙草をやめられない人はカッコ悪い」が常識になったせいではないでしょうか?煙草を我慢することもできないだらしない男、という烙印が押されてしまう時代になったからではないでしょうか?
喫煙者に「体に悪いからやめなよ」と言っても「オレの体はオレのもんだ。そんなの関係ない」とうそぶいて、それがキッカケで禁煙することはほとんどありません。自分の健康ばかりを心配する肝っ玉の小さい情けないオトコだと思われたくないからです。でも今は「煙草もやめられない情けないオトコ」だと思われたくないので煙草をやめる人が増えたのです。決して煙草を値上げしたせいではありません。値上げされたからやめた、というのはやめるキッカケの言い訳に過ぎません。

■ スマホを一時も手放せないのは?
今から20年ほども前、ヤクザと刑事くらいしかもっていなかったポケベル(当時、ポケットベルというアイテムがあって本部から呼び出されたら折り返し電話をかけることになっていた)が一般に普及したかと思ったら携帯電話やPHS(携帯電話の一種)が爆発的に広まり、AppleがiPhoneを発表してからはスマホが世の中を席巻しています。当時はパソコン通信や電子メールが主なコニュニケーション手段だったとりすも、いつしかスマホを持つようになりました。それまで電子メールやパソコン通信を使うには家に帰るかノートパソコンを持ち出してグレーの公衆電話(通称グレ電)に配線を繋いで通信するしかありませんでした。それがいつでもどこでも使えるようになったのは画期的な出来事でした。もちろんそれまでパソコンなど使わなかった人たちにとっても行動の自由さは爆発的に広がったのだと思います。それをキッカケに皆んなが手に手にスマホを持つようになりました。そのうちに電子メールは普通に「メール」と呼ばれるようになり、今ではSNSの普及でメールもあまり使われなくなっています。そしてこれらを使いこなせないのは現代人として失格とまで思われるようです。昔、携帯電話が普及し始めた頃、携帯電話を使いこなせない人を蔑んで「デジタルデバイド」などと呼んでいた時代がありました。でもその頃はまだ「年寄りだから仕方がない」と思われていましたが、今ではスマホを持たないことが”人間失格”のように思われている風潮があります。つまり「非常識な人」という烙印を押されかねないわけです。

■ 「カッコ悪い」は最強の殺し文句
確かにスマホは便利なアイテムです。いつどこにいたって連絡がつけられます。それに子供に限らず大人や年配に至るまでネットワークゲームに蝕まれるようになってしまいました。テレビのCMは半分以上がスマホゲームの宣伝です。一億総スマホ中毒と言ってもいいでしょう。今のところ世界中で今世紀最大のヒット商品です。その殺し文句は「カッコイイ」というイメージです。日本中の女子がアラン・ドロン(往年のハンサム俳優)に夢中になり、ツィッギーとともにミニスカートを履き、マルボロとともに男たちは洋モク(外国製煙草)を吸うようになり、少年たちはジェームス・ディーンを見て不良に憧れました。みんなカッコ良かったからです。強く、カッコよくありたいと思うのは人間の根源的な欲求の一つです。誰にも止められないのです。だから、
喫煙者を減らして国民の健康増進を図り、政府の社会保障費を減らしたいなら「喫煙は健康に害がある」ではなく「煙草はカッコ悪い」というイメージに転換しなければいけません。「歩きスマホは他人の迷惑」ではなく「歩きスマホはカッコ悪い」にイメチェンしなければ、今の悪習を変えることはできないでしょう。

うつむいてノロノロと歩いているその後姿は、カッコ悪いです。最後にもう一度言いましょう「歩きスマホをやめなさい、バカに見えるから」