友達記念日

ボクはfacebookというSNSに参加している。そしてネットワークの中で何人かと「友達」になっている。そのほとんどはfacebookなどなかった頃からの本当の友人で、facebook上では連絡を取り合うための便宜上の友達登録だ。ところが時折facebookのコンピュータから「○○さんと友達になって△年です」というメッセージが自動で送信されてくる。「いやいや、○○さんとは友達になってから40年も経ってるんですがね」とコンピュータに突っ込みたくなる。その程度に現代のテクノロジーの歴史など浅く薄っぺらいものである。

友人の中には学生時代の友人もいればダイビング仲間もいる。かつて同じ職場で働いた同僚もいれば飲み仲間もいる。その時代時代には親密な付き合いをしていても時が過ぎて卒業したり転職したりすればだんだんと疎遠になることもある。一度疎遠になってしまうと引っ越しや転職、結婚など生活環境の変化によって、携帯電話やメールアドレスなどなかった頃の知り合いとは連絡がつかなくなってしまうこともしばしばだ。そんな時に登場したのがfacebookだった。

世間では個人情報の流出が問題になっているが、facebookは疎遠になってしまった友人の発掘に絶大な威力を発揮してくれた。どういうロジックなのかよくわからないところもあるが、時折「あなたの知り合いではありませんか?」というリコメンデーションが画面に表示される。もちろん正体不明の人であることも多いが、たまに昔の友人を掘り当ててくれることもある。

もちろんSNSで古い友人を見つけたからといって毎日連絡するわけではない。何かの折に「一緒に飲もうか」となった時の連絡手段としてキープしているのである。もっともボクらの世代はデジタルデバイドも多いしSNSを始めたからといっていつでも連絡がつくわけではない。だから未だに電話番号しかわからない友人も多いが特に不便は感じていない。もっとも同窓会の幹事などになってしまった時にはメール、電話、facebook、LINEなどなどいくつものメディアを駆使して全員の都合を確認しなければならないので骨が折れることもあるにはあるのだが。

そんな古い友人たちとは直接会って顔を合わせて話をして付き合っていく中で友人関係が出来てきた。だからメールやSNSなどの文字のやり取りだけでも、完全とは言わないまでもある程度相手の表情や感情を類推することができる。相手から送られてきたメッセージを見ればどのような心境で書いたのかも想像がつくことが多い。しかし何十年もご無沙汰していた友人だと、たとえかつての親友であったとしても今の人となりが分からないことも多い。そりゃ親友だったとはいえ付き合っていた期間が学生時代の数年間だけであれば、その後に過ごした時間の方がずっと長いのだから。

そんな時には「せっかくだから一杯飲まないか?」と誘ってみる。もう一度顔を合わせて話してみればあの頃のアイツがどう変わったのか、変わっていないのかが一目瞭然だからだ。ひとたび顔を合わせれば音信不通だった数十年の時間は一気に巻き戻されて”あの頃のアイツ”から”今のアイツ”に変化した道のりが感じられるわけだ。そうなればもうSNSだろうがメールだろうが恐れることはない。今のアイツの顔を思い浮かべながら手紙を書くだけだ。誤解だって少ない。だからボクのSNSの”友達”のほとんどは実際に会ったことのある”本当の友人”だ。

翻って、SNSだけで友達を作ろうとしている今の人たちにとって”友達”とは何なのだろうか。会って話すこともない人と文字だけでどれほどの意思疎通ができるのか大いに疑問ではあるが、本人同士が「これが友情」と思っているのなら他人からとやかく言われる筋合いはない。これも昭和生まれの中高年のデジタルデバイドなのかもしれない。

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