レンズ付きフィルム

高校を卒業してすぐの頃、免許取り立ての同級生たちとツるんで長野の方へ車でツーリングに行ったらしい。メンバーは10人ほど、全員むさくるしい男だ。暴走族気取りのメンバーもいたらしいが、 所詮高校時代から気の弱い連中なので大したことはできなかった。いわゆるチョイ悪である。横須賀を出て山梨県境を過ぎるころからメンバーの一人”オガワ”が落ち着きをなくし始めたが他のメンバーは気にも留めなかった。金がないので横須賀から国道を延々と走り続け彼らは清里高原までやって来た。「せっかくだから」ということで全員の写真を撮ろうということになった。もちろん中古で買った自慢の愛車も一緒にである。写真係は”オガワ”だ。駅前の広場に綺麗に車を並べて全員がポーズをとる。シャッターを押すポーズをとりながらオチャラけて声を出した。

「はいポーズ、カシャ」
「何だよオガワぁ~、ちゃんと撮れよぉ~」
「じゃあもう一枚、カシャ」

とまた声を出す。おかしいと思ったメンバーが

「カメラはどうしたんだよ、写真係はオマエって決めただろ」
「・・・」
「カメラ忘れたんじゃねぇだろうなぁ!」
「・・・」
「てめぇ~、カメラ買って来いよぉ~!」

当時カメラや腕時計は高級品だった。10代の若造が旅先で気軽に買えるものでもなかった。”オガワ”は全員からつるし上げを食らい全員に牧場アイスクリームを奢らされたという。ずいぶん昔に友達から聞いた話だ。

「写ルンです」という簡易カメラがある。ひと頃は一世を風靡した商品だがデジカメやスマホの出現とともに需要は減っていった。それでも細々と生産は続けられ今でもそれなりに売れているらしい。メーカーの説明は”簡易カメラ”ではない。「レンズ付きフィルム」だ。観光地でもフィルムは売っていたが肝心のカメラがなくては写真は撮れない。デジカメもケータイもスマホもなかった。そこで売り出されたのが「写ルンです」だった。

フィルム1本分と大して変わらない値段でカメラが買えるようになった。当時は「写真を撮る」のは一種の儀式のようにあらたまって行うことだったが、「写ルンです」が売り出されてからは「撮りたい時にいつでも撮れる」ようになった。画期的な商品だった。現在のようにいつでもどこでも写真や動画が撮れる時代が来るとは思いもしなかった。しかし売り出されたのはボクが20代の頃。仕事に就いて友達と遊びに行くことも少なくなりお世話になる機会はそう多くはなくなっていた。

ボクが本格的に写ルンですを使ったのはダイビングを始めてからだ。写ルンですは防水ではないので水中では使えない。しかしダイビング機器メーカーから写ルンですの防水ケースが販売された。その名も「潜ルンです」。当時、一眼レフカメラの防水ケースは数十万円もしたが「潜ルンです」は数千円で買えた。ボクは海の中に写ルンですを持ち込んで水中写真家になった。伊豆の海にも沖縄の海にも潜った。当時の写真はもうどこかにいってしまったがそれなりに綺麗な水中写真が撮れたことを記憶している。

あの頃、水中カメラ一式を揃えると100万円近くかかったし、海の中で水没してしまったら一発ですべてがオジャンだ。だから海の中にカメラを持っていく人などほとんどいなかったが「潜ルンです」やコンパクトデジカメの登場で今やカメラを持たないダイバーの方が珍しくなってしまった。時代の変化は恐ろしく速い。

最近ではテレビニュース映像などで映し出されるスクープ映像などは視聴者のスマホで撮られた投稿によるものも多い。いつでもどこでも撮りたいときにすぐ撮れる。つくづく世の中は変わったなぁと思う。

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