中途半端な”自称”プロ

公園でジョギングをしていると、ゆっくり歩いているお年寄りのすぐ近くをぶつかりそうにして猛スピードで追い抜いていく集団がいた。いかにも”ジョギングのベテラン”を自負する集団だ。「オラオラ、シロートがチンタラ走ってんじゃねぇよ」と言わんばかりの威圧的な勢いでお年寄りの肩をかすめていく。「そんなチンタラ歩いてんのは運動のうちに入んねぇんだよ」とでも言いたげに追い越しざまにちらっと振り向いた。その顔はいかにも得意満面である。

そんな光景は街のどこでも普通に見られる。夜の居酒屋でも「いつものアレ、ある?」と店の主人に尋ねている人がいる。そんな態度をとることで自分はこの店の常連だということを他のお客にアピールしたいわけだ。そういう意図がないなら「いつもの」とか「アレ」なんていう表現をする必要はない。しかし”デキた”店主は他のお客の心情を慮って「いつもの?」などと一旦は冷たい表情でわからないふりをする。(あなただけが客じゃないんだ)と言わんばかりに…。すると大抵の常連は(出しゃばりすぎたかも)と気づいてバツが悪そうに「いや、この間出してもらったジンタの南蛮漬け、今日はあるかな?」などと急に下手になる。

店主も心得たもので今度は常連客の顔を立てて「あぁゴメンナサイ、今日は入ってないんですよ。また用意しておきますから声掛けてください」などと(あなたのことは特別に扱ってますよ)という態度をチラリと表す。これで常連客もゴキゲンだ。店主もすかさず他の一元客に「実はこのあいだね、この人が来た時に…」などと声を掛けて常連客との間を取り持っている。一元客も自分が常連客のように扱われたことでゴキゲンだ。もしかしたら(人情味のあるいい店だな)と思う人だっているかもしれない。

しかし中には会話の機微の分からない人もいる。「やだなぁ忘れたの?アレだよ、この間の…」などと食い下がる人もいる。しかし一人のお客だけを特別扱いすればそれ以外のお客は気分を壊すかもしれない。だから敢えて「アレじゃわかりませんよ」などと冷たく答えている。そんな図々しい常連客は多少冷たくしたところで次から来なくなるようなことはない。それよりは”もう二度と来てくれないかもしれない一元客”がまた来てくれるように気を使った方がいい。この辺りがベテランの立ち回りである。

そんな機微のわからない常連客は他のところでも失敗している。1度行っただけの店でも「よぉ!元気?」などと店員に馴れ馴れしく声を掛けたりする。店員の方は大抵の場合顔を覚えているが、厚かましい自称”常連客”に警戒してよそよそしい態度で「いらっしゃいませ」と通り一遍の挨拶しかしない。それもそのはずだ、心を許しているわけではないのだから。

もし自分が常連客なら、その場にいる他のお客がその店に親しみを持って常連客になってくれるように気を遣うだろう。自分だけがいい思いをするのではなく、他のお客も自分と同じように楽しんでくれた方が自分の立場も良くなるし、そのお客から”店の先輩”として優位に見てもらえるかもしれない。

逆にいつも「オレってスゲェだろ!」と言っている人もいる。何が”スゲェ”のかさっぱりわからないが本人は得意満面になっている。仮にその人がスゲくても言われた自分にメリットはない。だから尊敬もしない上に反感を持つだけだ。相手の立場だったら自分のことをどう思うのかなんて全く考えていない。まぁどう思われようと関係ないと思っているのかもしれないが、相手の気分を悪くしておいて自分にとっていいことは何もない。愚かなことだと思う。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

周囲への心配りをして他の人を思いやれることが人として成熟していくことなのだろうと思っているが、それは口で言うほど簡単なことではないということを身につまされている今日この頃なのである。

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