もう長生きしなくていい

最近になって「人生100年」と言われ始めた。いや政府が言い始めた。ちょっと前までは「人生50年」と言われていたのだから”寿命倍増計画”は成功したのかもしれない。もっとも所得倍増計画は最初の10年で終わってしまい、今や所得は右肩下がりで漸減する時代である。人生が長くなったのはいいがそれを支える所得が減っていくのだからいいのか悪いのかわからない。いや、そもそも寿命が長くなったことは本当にいいことなんだろうか?

ボクが学生だった頃には多くの企業の定年は55歳だったように思う。その頃の年金支給開始年齢は60歳。定年になってから年金がもらえるようになるまで5年間は雲を食べて生き抜かなければならなかった。やがて60歳定年制が定着したものの年金の支給開始年齢は65歳に引き上げられた。またも空白の5年間である。そこで政府は企業に対して「65歳まで働かせろ」という命令を出した。もっとも定年は60歳のままである。定年後は給料が半減するなどの問題はあるが、雲を食べるだけではなく、たまには立ち食い蕎麦くらいは食べられるような生活にしてやったのだから文句は言うなと政府は言っている。

定年や年金の問題は子供の数が減り、人口が減っていく社会が現実になることが分かった30年も前から対策を打っておくべき大問題だった。ところが与野党国会議員も政府官僚も全員が見て見ぬ振りをして、ほぼ現実的に破綻した今になって「大変だ大変だ」と言い始めた。

しかしそもそもの原因は政府でも国会でもないと思っている。もちろんそうなるべく社会を導いたのは政府かもしれないが、日本でウーマンリブが叫ばれ、核家族化が進み、少子化が進行したのと同時に医療の進歩によって日本人の平均寿命が著しく伸びたことが大きいのではないかと思っている。太平洋戦争で多くの戦死者・犠牲者を出したため、戦後期の平均寿命は50~55歳だった。それが昭和40年代には70~75歳へと伸び、現在では80~87歳になった。それは新生児の死亡率が下がったことよりも高齢者が死ななくなったという要因の方が遥かに大きい。

すべての生き物は老いていくに従って生き永らえる機能が衰える。その結果、やがてすべての生き物が死を迎える。しかし死は多くの場合、突然にやって来ることは少ない。徐々に衰えてダメになっていく。筋肉が衰え、運動神経が鈍くなり、耳が遠くなり、目が見えにくくなり、脳の機能が衰えて痴呆になり、内臓不全になり、歯が抜け落ち、歩くことさえできなくなる。今ほど医療技術が発達しておらず薬も少なかった頃には、人間も他の動物のように今ほど体の機能が衰える前に死んでいった。ボケる前に、耳が聞こえるうちに、目が見えるうちに、内臓がそれほどボロボロになる前に、歯が生えているうちに死んでいった。

成人病や生活習慣病などというものは、そのほとんどが加齢によってあらゆる部位がダメになってきた結果もたらされるものだ。ガンにしても若い人よりもある程度高齢になってから罹患する人の方が多い。最近になって急に増えてきたように言われているが、以前はそうなる前に多くの人は死んでしまっていたのだ。だから今のように社会保障費もかからなかった。歩けなくなる前に死んでしまえば介護の負担も寝たきりよりは軽くて済む。死ぬまで子供や孫の世話をみることだって可能だ。しかし人生が100年になってしまった今では望むべくもない。

もう日本では人間の寿命は伸ばさなくていいと思う。もはや一人で生きられなくなった生き物に、生命維持装置を使って息だけをさせることにどれだけの意味があるのだろうか。なぜそんなにまでして誰もが長生きを望むのだろう。

介護にしろ年金にしろ痴呆にしろ、長寿が日本の社会を破壊しているとは考えないのだろうか。それでも「死にとぅない」と言うのだろうか。

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