好み

人の好みというものは何とも説明しがたい。例えば味や香りの好み一つとっても老若男女にかかわらず好き嫌いは様々だ。ネギが嫌いだという人もいれば大好きだという人もいる。山崎まさよしさんの歌でSMAPが歌っていた「セロリ」という歌があった。

♪育ってきた環境が違うから
好き嫌いは否めない
夏がダメだったり
セロリが好きだったりするのね…♪

と歌っている。ボクも昔は夏よりも冬が好きだったが、海でダイビングをするようになってから夏の方が好きになった。セロリは子供の頃から好きだ。小学生の頃は給食に出るニンジンやピーマンが嫌いだという友達も多かったがボクはどちらかというと好きな方だった。今食べられないのは琵琶湖の鮒ずしだけだ。とかく人の好みはわからない。

学生時代から不思議に思っていたのだが、クラスでは必ずしもイケメン男や可愛い女の子だけがモテるわけではなかった。イケメンの彼女が必ずしも可愛い女の子ではなかったし可愛い女の子の彼氏がイケメン男というわけではなかった。男から見ても性格がいいヤツというわけでもない奴の彼女が可愛い女の子だということも普通だった。あの頃は不思議に思ったのだが今になって見れば不思議でも何でもない。人の好みは千差万別で決まった基準などないのだということが普通にわかってきたからだ。

世のメディアは「すぐに食べるべき絶対に美味しいもの」や「絶対に欲しくなる美しいもの」、「絶対に訪れるべき絶景」などというコピーで溢れている。恐らくそれらは、多くの人から見た時には平均してどれもそれなりに美味しく、美しく、素晴らしい景色なのだろう。でもその感じ方は人それぞれに違っているはずだ。

バラエティ番組などでは人気有名店のラーメンとカレーととんかつ定食とお好み焼きを並べて「No.1はどれだ?」というバカげた企画が蔓延しているが、何を基準にどうやって比べたらNo.1が決まるのかさっぱりわからない。もはや現代の人間はそこまでバカになってしまったのだろうか。

人には誰でも”好み”がある。好きな異性の性格は?と訊かれれば、素直に言うことを聞いてくれる子、優しい人、話したことにじっくりと考えた自分の意見を話してくれる子、わからないことを丁寧に教えてくれる人、サバサバしたボーイッシュな女の子、アニメージュな子、おとなしくて声が小さくなかなか喋らない子、いつもニコニコしている子、いつも笑わせてくれる明るい人、よく喋って賑やかな子、アクティブで何事にも行動的な子などと、恐らく訊いた人の数だけ違った好みが出てくるに違いない。

かくのごとく人の好みは様々だ。誰もが可愛いといいそうな10代や20代のアイドルを誰もが好むわけではない。そして好みは時間が経てば変わっていく。いつまでも同じものを好きでいるとも限らない。「自分は誰からも好かれず、相手にされることもない」などと思うことはない。気の合う人は必ずどこかにいてあなたと出会える時を待っている。お互いにそれに気づいていないだけだ。だから世の中はうまく回っているのかなと思う。

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