思考実験はタダです

何かが起きた時に「考えもしなかった」という人がいる。想像もしなかったのなら後から嘆いても仕方がないのだが、「それくらいは考えりゃわかるでしょ」ということすら考えなかったのだとしたら、今後の自分の人生を考える上で本人にも反省すべき点はあるように思う。何でもかんでも「知らなかった」「考えもしなかった」「教えてくれなかった」では済まされないこともある。

もしもの時のことを想像してそれを現実のものとして感じる方法はある。

極端な例だが、アインシュタインは「人が光の速さのロケットに乗って旅することができたら」と想像した。月から大きな望遠鏡を使って地球にあるあなたの家の中の様子を見たとしよう。地球から月までの距離は約32万キロ、光の速さでは1秒ちょっとで到達する。月の望遠鏡には1秒前のあなたの家の様子が映っている。

では今度は地球から放たれた光と一緒に旅をしたら、と想像してみよう。あなたが夕食を終えて食後のコーヒーを飲んでいる。その瞬間に地球を出発したロケットはその様子を映した光を追いかけていくわけだ。光の先頭はあなたが口を開けてコーヒーを流し込んだ瞬間の画像だ。その後は映画のコマ送りのようにコーヒーカップをテーブルに置き、リビングのソファーに座ってタブレットでネットニュースを検索しようとしているあなたの画像へと続いていく。

地球から発射されたロケットは光の速さを超えて光の先頭に追いつこうとしている。連続した画像はパラパラ漫画のように映像となり、ソファーでタブレットを眺めるあなたの姿から映像を巻き戻すように遡って逆再生されていく。そしてやがて映像の先頭のコーヒーを飲む瞬間にまで遡っていくわけだ。

その先頭の光を追い越すと映像はさらにもっと過去の様子を映しだしていくことになる。それはある意味で過去にさかのぼれるタイムマシンとも言えるだろう。もっとも”光を発した事件”はすでに終わってしまったことだから、ドラえもんのタイムマシンのように昔に戻って過去を変えることはできないが。

今度はコーヒーを飲む瞬間の映像のちょっと前でロケットの加速を緩めて光と同じ速さで飛んでみる。窓の外に見える光の中であなたの姿はスローモーションのように動きがゆっくりになり、やがてあなたがコーヒーを飲む瞬間で止まってストップモーションになる。

アインシュタインは毎日そんな空想ばかりをしていたという。いや空想ではない。そのことを理論で考えていた。それを「思考実験」と呼んだ。実際にロケットを光の速さで飛ばすことはできないが空想の中でなら何でもできる。その時に何が起きるのかを理論的に考えてみたわけだ。

話は変わるが、東日本大震災の前には「マグニチュード9クラスの地震は日本では起きない」と言われていた。そして原子力発電所は絶対に事故を起こさないし安全だ、と言われていた。しかし現実にそれはどちらも起きた。スーパーコンピュータが発達した今、もし起こったらどうなるかというシミュレーションをすることは可能だ。シミュレーションしてそれに対する対策を行おうとすれば莫大な費用が掛かるだろうが、そのシミュレーションのために何千億円もかかることはない。実際に原子力委員会も東京電力もそのシミュレーションを行っていたことが報告されている。

思考実験は何のためにやるのか、その目的はいろいろだ。しかし実験の結論を無視すればそれが現実になった時にどうなるのかは分かっている。それでも東京電力と政治家たちと政府はそれに目をつぶって見なかったことにした。その結果があのフクシマの事故になった。

シミュレーションの結果、どこまで何の対策をするのかはリスクマネージメントだ。絶対に事故が起きないように対策をする(絶対ということはありえないケド)、事故が起きても被害を低減できるように何段階かの対策を講じる、事故が起きてもいいからその代わりに保険会社で保険をかける、そして起きるものは仕方がないと諦める、最後は「そのこと自体をやらない」という「回避」という選択である。

私たちの過去の経験からいえば、原発事故は絶対に起こしてはいけないということが8年前にわかった。いやその前にスリーマイル島やチェルノブイリの事故の時からわかっていた。だから絶対に避けなければいけなかった。でも東京電力と日本政府は「そんなこと考えもしなかった」と言った。そして再び事故った。お金をかけて思考実験もやっていたのにリスクマネジメントを間違えたのだ。何があっても絶対に事故らないという対策が取れないのなら(実際にはとれないから)「原発をやめる」という選択しか残されていない。しかし今だに政府も自民党も原子力政策を見直すつもりはないらしい。

来月からあなたは給料を全く貰えなくなったとしたら、あなたは今まで通りに働くだろうか?将来貰えるはずの年金が全く貰えなくなったとしたら、あなたは年金保険料を払うだろうか?

卑近な例でも試行実験はいつでもどこでも何に対してでもタダでやることができる。今まで考えたことすらなかったことを考えることは簡単なことだ。それはよく言えば皮肉にも発想を豊かにすることかもしれない。

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