いつまで働きたいですか?

最近ニュースで「いつまで働きたいですか?」というアンケートの結果が話題になっている。年金の支給開始が65歳になろうとしている今、無責任な総理大臣に「人生100年」などと言われたものの60歳で定年になってからの40年(現実的には平均して20年余りだが)をいかにして食いつないでいくかという問題に誰もが直面している。少子高齢化に加えて人口が減りつつある日本で政府は今後、年金支給開始を70歳、75歳と引き上げていく方向にもっていこうとするのは必然だ。若い人が相対的に少なくなれば年金の財源が減ってくるのは間違いないのだから簡単な理屈である。

そんな中でマスコミは先の質問をこれまた無責任に”民衆”に投げかけている。「いつまで働きたいか?」と訊かれれば「働けるならいつまでも」と答える人も多いという。しかしそれは”仕事が好きでたまらないからずっと働いていたい”というのとは意味が違う。雇ってくれて給料を払ってくれるなら働いて収入を得たい、ということではないだろうか。世の中は働きたくて働いている人ばかりではない。仕事なんてしたくないけどお金がないと暮らしていけないから働いているという人の方が圧倒的に多い。「働きたい」のではない。「働かなくてはならない」から働いているに過ぎない。

もっとも、収入が少なくても「好きな仕事だから」といって働いている人はたくさんいる。給料など貰わなくても”好きだから”、”やりたいから”という理由でボランティアなどに参加する人もたくさんいる。しかし好きでもない仕事をしているのならそれは収入のためだ。好きな仕事なら給料が安くてもするが、収入が少なければ好きでもない仕事などしない。楽しくもなく満足もできない仕事を安い給料でやりたいとは思わない。もし安い給料で好きでもないことをやり続けているとすれば、それは他に収入を得る手段を持っていないからに過ぎない。だから企業は給料を上げることで”つまらない仕事”の働き手を繋ぎとめている。

好きな仕事だけをして生きられるならそれに越したことはない。でも例えば、ごみの収集という仕事を愛している人はさほど多くはないと思う。やりがいを感じている人はいると思うが決して楽な仕事ではない。休みは年末年始だけである。休日も祭日も悪天候にも関係なくごみの収集は行われている。本当に頭が下がる思いだ。家の近所にごみ収集の係員の基地がある。仕事を終えて休憩所に向かう人たちとすれ違うことがある。仕事が終わってやれやれという表情ではあるが「今日も楽しくごみを集めてきたぜ」というウキウキした表情の人は見たことがない。

誰もが”好きではない”仕事は給料を高くしなければ働き手は集まらない。「会社のために」と事あるごとに経営者は従業員に向かって言う。しかし”会社のために”働けるのは会社が好きでその仕事が好きだからだ。従業員は経営者ではないし会社は自分の財産でもない。経営者が自分の会社を愛するようには従業員は会社のことを愛せない。多くの場合、単に給料が貰えるから働いているだけだ。多くの経営者がそのことを勘違いしている。いくら給料を上げても従業員は会社のことも仕事のことも好きにはならない。もっと給料が上がればいいのにと思うだけだ。好きになるとしたら自分がその仕事が最初から好きだったり意義を感じているからだ。

政府もマスコミも都合のいいように誤解させて現実を曲解させている。正しくは「何歳まで働きたいですか?」ではなく「何歳まで働かざるを得ないと思いますか?」だ。今の日本は死ぬまで働き続けなければ生きられないような社会システムになりかかっている。かつての「定年後は悠々自適の年金生活」はもはや崩壊している。健康保険制度も崩壊している。それを政府はいつまで隠し続けようとするのか?

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