人生を希望の轍に切り替えられるのか

人の才能は生まれながらのものだけではない、らしい。先日、テレビの番組でそんな話をしていた。考えてみれば明治時代の日本人の体形や体格と、今の子供たちのそれは全く違っている。世代にして4~5世代の違いだ。生物の進化論で有名なC・ダーウィンは「適者生存」という理論で生物の進化を説明しようとした。ボクは進化論には疎いので高校時代の生物の授業で習った程度の知識しかないのだが、それは”世代が変わる”、つまり子供が生まれるタイミングで何らかの突然変異が少しずつ起こり、そのことが生きていく、つまり生き延びるのに有利にはたらくのだとしたら子孫を残しやすくなる。それが何世代にも渉って続くことによって生き物は進化してきた、というような話だったと記憶している。

要するに生き物の進化は連続的な突然変異の合理的選択によるものだというのがボクらの世代の一般人の知識だ。だとすると明治時代どころか戦前の、いや昭和生まれのボクたちと平成生まれの子供たちの(もう十分に大人になっている人も多いが)体の違いはどう考えたらいいのかということが、ボクの長年(といっても十数年間だが)の疑問だった。平均身長は高くなり手足はすらっと長くなり、目はパッチリと、まつ毛はクルっとカールして長くなった。もはや鼻水を垂らした汚い昭和の子供などほとんど見られない。もちろんその間には社会や衛生環境が改善されてきたことも大きく影響はしているだろう。それにしても一世代でここまでも多くの人にここまでも大きな突然変異が起きるものなのだろうか。そしてそれは今の子供が生まれる前の話だ。生れ落ちた子供がその後の環境の影響を受けるには変化が大きすぎるように感じていた。

そこに今回の話である。要するに言っていたことは「生まれた後でも人のDNAは変化することがある」ということだった。具体的には「音楽的才能が芽生える」だったり「ガンになりにくい遺伝子になる」「老化が進みやすい体になる」「脂肪を溜め込みやすい体になる」などだ。これは誰もが持っている生まれ持ったその人のDNAの中で、遺伝子の状態が”有効”なのか”無効”なのかのスイッチが切り替わることによって起こるといわれている。つまり遺伝的なDNAは変わらないのにその状態は常に変化し体が受ける影響が変わる可能性があり、そのDNAの状態は次の世代に引き継がれるときにもリセットされずに受け継がれるものもあるのだという。

そこで思い浮かぶのは太平洋戦争の戦前から戦後への時代の転換期だ。明治から昭和初期、終戦直後の食糧事情の悪さはボクも親の世代から嫌というほど聞かされた。ひどい時には木の根っこやネズミまで食べたという。それが昭和の高度成長期を経て飽食の時代になった。ボクが生まれたのはまだ飽食の時代とは言えなかったが、ボクらが結婚して子供を残す頃には完全に飽食の時代に入っていた。食べるものに困ることはほとんどなくなり餓死する人などまずいなかった。恐らくその頃にボクら世代の人間のDNAスイッチは切り替わったのかもしれない。その子供たちが平成生まれの子供になったというわけだ。

今までは「両親が高身長だったから子供も背が高い」とか「親が太っているから子供も肥満になる」などと妄信的に信じたきた。または両親が肥満になるような環境で子育てをしているから子供も肥満になるなどといわれることもあった。もちろんそんな要因もあっただろう。そしてよく言われたのは「がん家系」だ。今でも中高年が生命保険に加入するときには親族のがん患者の状況を訊かれる。親族にがんが多いと保険料が高くなったり保険に加入できなかったりする。祖父母や両親にがん患者がいるとオマエも”死ぬときはガン”だと親族からまことしやかに言われる。

しかしDNAのスイッチは数万種類もあり、その中にはガンになりにくくするスイッチを誰もが持っていて、がん患者とそうでない人を調べてみるとスイッチの状態がOFFの人ほどがんになっていることが確かめられたのだという。真偽のほどは分からないがそういう研究がされていることはどうやら確からしい。

生まれた後でもDNAスイッチのON/OFFは切り替わる。もちろん若い時の方が切り替わりやすいというが、ある程度歳をとってもステータスの変化はみられるという。
「うちの家系には芸術的な才能はないから」とか「うちの家系は生まれつき足が遅いから」などと子供の頃から何度も聞かされて育った人もいるのではないだろうか。そんな自分の出自を恨み、暗い気持ちで生きてきた人にとって、「今からでも人生は変えられるかもしれない」と思うことは一縷の希望的な救いになるのではないだろうか。少なくともボクは信じたい!

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