失敗は成功のもと

一度やって見せただけで「やってみろ!」と言う。すると大抵の場合は失敗する。最初なのだから当たり前だ。もちろん最初からうまくこなす人もいる。しかし最初にやってみて失敗したからといって怒られる筋合いはない。じゃあオマエは最初からうまくできたのかと聞けば「最初は何度も失敗した」と言う。それなのに自分が上達してしまうと初心者の気持ちを忘れてしまう。初心者に限らず人には失敗する権利がある。失敗して失敗して、何度も失敗を繰り返して上手くなっていく。

不思議なことにいつもうまくできていると上達することは難しい。”失敗した”というネガティブデータは「今度こそ上手くやってやろう」というモチベーションに繋がることがある。なぜなら上手くこなせたときには”どうして上手くいったのか”を考えないからだ。失敗した時にこそ”なんで失敗したのか”に思いを至らす。失敗した原因を探して改善しようとする。考えることで上手くやる方法について何通りも考える。考えるから上達する。問題意識がなければ上達することはない。

人には失敗する権利がある。失敗を許さない世界では、人は失敗しないことしかやろうとしなくなる。できるかどうかわからないことにチャレンジしようとしなくなる。致命的でない失敗をする権利を守れる社会になることが、人をより高みに導くことになる。それはネガティブデータを使って学習することだ。”褒めて育てる”ことはモチベーションを高める事には有効だが、失敗から学ぶ、つまりネガティブデータで学習することは”より高いスキル”を身に着けられる。

一方で失敗が許されない世界もある。1つの失敗が致命的な結果に繋がり、取り返しのつかない結末をもたらすような場合だ。人の命に係わる場合や物を壊してしまうような場合は結果が不可逆的で取り返しがつかない結果を招く。物の場合には場合によっては代わりのものを用意することもできることもあるが、人も動物も命が失われてしまえば取り返しがつかないし、失われた信頼や信用も取り戻すには大変な苦労が必要になる。

そんな失敗は許されないししたいとも思わないが、自分にとって血となり肉となる失敗なら許してもらえる限りしくじってみたいと思っている。「あっ、いけね」と思う瞬間のドキドキとバツの悪さも、慣れてしまえば快感にもなるというものだ。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください