デジタルデバイド

もう何十年も前の事だが携帯電話が一般に普及し始めたころに「デジタルデバイド」という言葉が使われ始めた。まだ通信手段といえば固定電話が主流だった時代に、徐々に携帯電話が生活に浸透してきた。インターネットはあったがネットワークに接続するには普通の電話回線を使ってアクセスポイントに電話をかけて通信していた。回線速度も今とは比べ物にならないほど遅く、画像付きのホームページを開くのに30分も1時間もかかっていた。その間、アクセスポイントに長電話をかけているのだから電話代もびっくりするほどの額を請求されたりした。

Windows95が登場したころからパソコンを”使える人”と”使えない人”は存在していたが、まだパソコン自体が世の中では一般的ではなく”使える人”もマイノリティだったので使えないことは普通だった。”使える人”にしても、少し前から一般に使われ始めた”ワープロ(ワードプロセッサ)”くらいがやっとで、”コンピュータ”を使える人はほとんどいなかったといってもいい。しかし世の中が急速にデジタル化していく中で、仕事や普段の生活の中でデジタル機器を使わざるを得ない人たちが出始めて、次第に”使える人”と”使えない人”の間にある種の壁ができてきた。かつての”メカに強い人”と”弱い人”の間の壁のようなものである。これがいわゆる「デジタルデバイド」だ。

現在のようにほとんどの人がスマホを持つような時代ではなく携帯電話の普及率もまだ6割程度だった頃には、携帯電話を持って使っている人ですら先進的で”デジタルに強い人”という認識だった。携帯電話がまだインターネットに繋がらず、電話としての機能しか持たなかったのにだ。スマホは言ってみれば小型のポケットに入るコンピュータである。それを意識して使っている人は少ないがコンピュータであることは間違いない。なのにもはや誰も”使える人”だとは言わなくなった。

今やデジタルは常識となり、何をするにもバックグラウンドでデジタル機器(いわゆるIT)が動いていることが前提になっている。30歳以下の今の若い人たちは「デジタルネイティブ」と呼ばれ、生まれた時からデジタル機器に囲まれて生きてきた。テレビゲームやゲームボーイなども含めてデジタルと関わらなかった日がないくらいに人生とデジタルが融合している。

かつて「中高年はデジタルを使いこなせない」といわれ、肩身の狭い思いをした人も少なくないし実際にほとんどの人が使おうともしなかった。それが仕事や生活の中にかなりの割合で浸透してきてからも、「オレはメカに弱いから」などと言っている人がいるのは不思議なことだ。「あなたが手にしているそのスマホはコンピュータですよ」と言ってやりたくなる。結局のところよくわからないことは”知らない”ということにして関りを断とうとしているだけだ。老後に訪れるという”孤独”もこの辺りから始まっているのかもしれない。

そんな中で生きている私たちのような現代人にとってITも含めてデジタルはもはや生活の一部になっている。それでも未だに「AIに仕事を奪われる」と戦々恐々としている人がいるのを見ると、かつてのデジタルデバイドな人たちを思い出してしまうのだ。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください