余韻を楽しむ日本人

先日テレビを見ていたら「外国人は映画のエンドロールを見ない」という話をしていた。ボクは海外で映画を見たことはないので海外の映画館事情はわからないのだが、中国なども含めて多くの人がエンドロールが終わるまで席を立たないという国は少なかった。アメリカなどではエンドロールが始まると館内はハーフライトになるのだそうだ。もちろん日本でも本編が終わった瞬間に席を立って出ていく人はいる。しかし恐らく半分くらいの人は黙って最後までエンドロールを眺め、会場が明るくなってから席を立っているように思う。

海外でもエンドロールが流れている間は、一緒に観に来た友人や恋人と今観た映画の話をしたり愛を囁きあうことはあるらしい。会場がまだ薄暗いのでお誂え向きなのかもしれない。しかし日本人は黙ってスクリーンを見つめている人も多い。今観た映画から受けた感情を反芻(はんすう)するかのように味わっている人もいる。こういうのを日本では「余韻を楽しむ」などと言ったりする。終わったとたんにスパッと気持ちを切り替えるのではなく、緩やかに現実の世界に戻っていく前戯とでもいったらいいのだろうか。

物事には終わりがある。夏休みにも旅行にもやがて終わりがやってくる。年末年始や夏の休暇の最終日の空港や新幹線のターミナル駅の光景がニュースで流されることがある。子供たちは口を揃えて「楽しかった!」と言うが大人たちの感想は「楽しかったけど疲れました。明日から仕事に戻れるか心配です」などと言う人も多い。とりわけそのようなインタビューばかりを集めて編集しているのだろうが、同じ大人になってみるとその感想は他人事ではない。

最近では昔よりも休暇が長期化したせいか休みの期間をすべて旅行に充ててしまわず、休暇が終わる日の1日か2日前に余裕を持って家に帰り着く人も多い。高速道路の渋滞情報や鉄道・空の便の混雑状況を見てもそのことがうかがえる。一番混むのは休暇の最終日ではなくその1日前であることが多い。では最終日はどう過ごしているのか。もちろん旅行の片付けや持ち帰った洗濯物の片付けもあるが、その傍らではちょっとした旅行の余韻を楽しんでいるのではないだろうか。翌日からは否応なく仕事が始まる。そのために余韻を楽しみながら仕事モードに気持ちを切り替えているのだろう。

外国人は電話でも話が終わったらすぐに切るのに対して日本人は「相手が先に切るのを待って」受話器を置く人が多いのだそうだ。もっとも最近は仕事場以外ではほとんどの場合が携帯電話になってしまったので”受話器を置く”という感覚は薄れている。それでもスマホや携帯電話の”通話を終わる”アイコンには受話器を置いた絵柄が使われているのは面白い。もちろんガチャン!と乱暴に電話を切れば相手に失礼だろうという心遣いがあることは確かだ。しかし外国人はほとんどが”話が終わればすぐに電話を切る”のだそうだ。「両方が同時に電話を切れば失礼になることはない」と主張するしその通りだと思う。いつまでも耳に受話器を当てているから電話を切る音が気になるわけだ。それでも日本人はなかなか自分から電話を切らない。

話が終わってから切るまでの時間は、相手がなかなか電話を切らなかった場合、日本人の平均が10秒前後なのに対して外国人は1秒前後なのだという実験結果もあるそうだ。その個人的な理由は分からないが、番組の中では日本人は電話にしても映画にしてもその余韻を大切にしたいのではないかという話をしていた。プライベートの電話とビジネスでの電話では事情も違うだろう。相手から嫌われたくないとか失礼にならないようにするなどそれぞれの人に理由もあるのだろう。しかしいずれにしても日本人はなかなか電話を切らない。

そういえば最近はメッセンジャーやメールばかりでほとんど電話を使わなくなった。これも一つの文化が終わりに近づいている予兆なのだろうか。こんな気持ちになるのはその余韻を楽しんでいるのだろうか。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください