氷が溶けると何になる?

先日、肉屋で買い物をしていると背後から声がした。「1キロって1,000(g)だよね?」と店員に訊いている。土木関係らしい作業員の服を着た中年の男の人だった。えっ?と思った。いやいやそれくらいは小学生だって常識でしょ。1kmは1000m、1時間は60分、1升は10合、1リットルは1000ccで1kgだということくらいは、まぁ言ってみれば常識だと思っていた。たぶん小学校の低学年のときに習ったような気がする。そして多分知らない人はほとんどいないと思う。その中年男性が義務教育を受けていないとは思えなかったが、先生の話を”ちゃんと”聞いていなかったのだろうか。

水は1気圧の大気中では100℃で沸騰する。水は0℃で氷になる。これらは普段の生活の中でほとんどの人は無意識のうちにわかっていて生活していると思う。逆にそれを知らなければ不都合なこともあるはずだ、と思っていた。しかし冷蔵庫で氷を作るときには水が0℃で凍ることなど知らなくても勝手に作ってくれるし、お湯を沸かすときにも100℃で沸騰することなど知らなくても沸けばわかる。逆に水の温度を測りながら氷を作ったりお湯を沸かすなんてことは小学校の理科の実験でしかやったことがない。

ただ距離や長さと重さは単位ごとの換算を知っていた方が便利だ。肉屋に買い物に来ていたオジサンはBBQに使う肉を選んでいる様子で、合計20キロの肉が必要だったらしい。「何でもいいから20キロ」というのも結構大雑把な話でちょっと笑いそうになってしまったが、まぁ中年男のBBQの買い物にはありがちな話だ。20キロといえば2万グラムだ。それはそれでちょっと想像しにくい量だが、200gの肉のパックを100個といわれれば想像できる。子供の頃ならBBQで一人1キロもの肉を食べていたが、今では300gも食べれば満腹である。それが今のボクの”常識”だ。我ながら「弱くなったなぁ」と思う。まぁいい、それは人それぞれだ。

”常識”と言われても何が常識なのかは人それぞれに仕事や生活環境、習慣によってずいぶんと違いがあるに違いない。10キロのセメントを捏ねるのに砂や水の量をどれくらいにするのかなんてボクは知らないが、その道の人にとっては”常識”なのかもしれない。とかく自分が知っていることについては”常識”だと思いがちだが、仕事も生活も違う人にとっては、まったく関係ないことなら知らなくてもアタリマエだということもある。

福島の原発事故で「シーベルト」という人間が浴びた放射線量を測る単位が一気に有名になったが、普段なら原子力関係で働く人でなければよく知らなくても日常生活にはあまり問題がない。毎日天気予報では大気圧の変化を高気圧や低気圧で説明しているが、ほとんどの人には低気圧が来ようが高気圧に覆われようがあまり関係ない。要は晴れるのか雨が降るのか、寒いのか暑いのかが問題なのだ。しかし飛行機や船に関わる人にとってみれば気象は大きな問題で、この先の天気が何によってどう変わるのか、その変わり方は急激なのかゆっくりしているのかが命に係わる問題にもなる。たぶんそういった人たちの常識はボクの考える常識とはずいぶんと違っているに違いない。

小学校の、義務教育で習った1kg=1000gだという知識。そんなつまらないことで、何十年も経ってオヤジになってからひょんなつまらないことで躓く。そんなところで躓くことで足元を見られてしまう。そのことでせっかくの手にできるチャンスをむざむざ取りこぼすことにもなりかねない。「常識がない人」というレッテルを貼られてしまうかもしれない。専門知識のようにその道の人が知っていればいいような知識もあるが、ほとんどの誰もが常識だと思っていることもある。義務教育にはどうでもいい教育もあるが、日常生活に困らないようにちょっとは先生の話も真面目に聞いておいた方がいいこともある。その匙加減は人それぞれに自分で考えるしかない。

小説家の筒井康隆さんのエッセイにこんな話があった。センスのいい男についての話だった。
 「氷が溶けると何になる?」
と訊かれて「水になる」と常識的に答えているようでは男としてダメらしい。
 「氷が溶けると春になる」
筒井さんによれば男ならそれくらいのセンスを持たなければいけないんだそうだ。難しいものである。まだまだ男の道程は道半ばだ。

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