幸福の泉

先日受け取ったメールマガジンにこんな言葉があった。

幸福の泉水は心の中から湧き出るものである
人が幸せを感じるいわば幸福感といったものは
思考や感情の内側から湧き出てくるものだ
いつまでも幸福でいたいなら自分の心を養わなくてはならない
興味深い考えやアイディアで心を満たさなくてはならない
なぜなら空虚な心は幸福ではなく快楽を追い求めるからだ

話は変わるが人が快楽を感じるということは脳内に脳内報酬物質(エンドルフィン)というものが分泌されるからだといわれる。エンドルフィンとは”体内で分泌されるモルヒネ”の意味での”脳内モルヒネ”を略した名前だそうだ。つまり人は幸福を感じた時に自分の体内で幸せを感じる”報酬物質”を作って幸せな気持ちになるというわけだ。これは生理現象とも深く関係しているともされており、排尿や排便に伴う達成感や清々しさ、満腹感、性行為による幸福感などもエンドルフィンによるものとされている。

精神的にも、解決が困難な問題が解消されたときには安堵や達成感を感じることがあってそれが幸福感にも繋がっている。学校のテストや入学試験、資格試験などに合格した時、大きな達成感や幸福感に包まれた経験のある人も多いはずだ。そしてそれが強いモチベーションになって「さらに上を目指そう」と思ったり「もっと頑張ろう」と思うのだ。

それならば、だ。もちろん努力して成功して幸福を手にして満足感を味わうことは素晴らしいことだ。素晴らしいことだが、エンドルフィンさえあれば努力なんてしなくても幸福感だけを味わうことだってできるではないか。エンドルフィンが無理ならそれに代わる脳内報酬物質を見つけて人間の体に投与すればいい。そう、それが覚せい剤などのいわゆる麻薬である。大麻やマリファナ、コカインもそれにあたるかもしれない。簡単に幸福感を手に入れられて幸せな気持ちになりたければ麻薬に頼ることが手っ取り早い。しかしひとたび努力しなくても幸せ(な気分)になれることを知ってしまうと恐らく薬効が切れるときの不幸せな気分に耐えられなくなって習慣的に薬に頼らなければ済まなくなることは容易に想像できる。それが人の身体を蝕むものだったから禁止薬物になっているのだろう。

この”報酬物質だけを投与すれば幸せになれる”というのは他の事例でも当てはまることがある。先日、東京大学の養老孟子さんが話していたのは、例えば脚力が弱ってきた人が電動車いすを使用する場面などにも当てはまるという。足腰が弱って歩くことが辛くなってきたお年寄りがある日ひょんなことから電動車いすを使う機会を得た。車いすを使えば自分の足で歩くことなく快適に移動することができる。「どうして今まで使わなかったんだろう」と思う。普段からトレーニングをして自分で歩く訓練をするよりも電動車いすを使えば手っ取り早く楽に、快適になれるのだ、という話だ。

その一方で、やっぱり普段からウォーキングなどのトレーニングをして自分の身体を鍛えていきたいと思う人もいる。すぐ近くのスーパーに買い物に行くのにラクだからと自動車を使う人もいれば、少しは体を動かした方がいいからと歩いて行く人がいる。そのどちらがいいという話ではない。つまり”人を変えるか機械に頼るか”の二つの考え方があるということだ。自分の足腰を強く保っておきたいと考える人は”人を変える”ことを選択したわけだし、ラクをしたいと考える人は”機械を使うこと”を選択したというそれだけのことだ。

恐らくリハビリの現場などでも同じようなジレンマはあるのだろう。もう体は元通りにならなくても機械がそれを補ってくれるのならそれでいいと思う人と、訓練でも何でもして何とかして元通りの身体に戻したいと思う人。それぞれが歩んできた人生やこれから先の人生、考え方の違いがこれからの行動を変えていく。今では人の生活の多くの作業にコンピュータやロボットが入ってきた。この先AIの技術の進歩でそのスピードはさらに加速していくに違いない。その時に我々は何を選択していくのだろうか。そしてその先にはどんな未来が待っているのだろうか。

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