相手を騙す乗用車

道路を歩いていて気になることがある。交差点を左折してくる乗用車がほとんどすべてセンターラインをオーバーして反対側の車線にはみ出して曲がってくるのだ。それは決して狭い道でのことではない。道幅が10m近くある道でのことだ。対向車線に飛び出しているくせに左側には2mもの隙間が空いている。下手くそな初心者ドライバーレベルの運転だがほぼすべての車はそうやって曲がってくる。よく見ていると交差点で左折する前の直線道路では左車線を走っているのに左折の直前でハンドルを右に切って道路の中央や右側の車線にはみ出している。

こういう曲がり方を”フェイントをかける”などという。フェイント、つまり”相手を惑わす見せかけの動作”のことだ。ボクがこの言葉を初めて聞いたのは中学生の時、バスケットボール部にいた時のことだ。自分がボールを持っているときに目の前で妨害しようとする相手を抜き去るために一旦右や左に走り出すフリをして相手をその方向におびき寄せてからおもむろに反対のサイドに走り出す動作をフェイントという。まさに相手を惑わす動作である。

フェイントをかけて交差点を曲がるのは恐らく狭い路地に車で入ろうとする時に大型のトラックなどが行っている動作である。直線道路から狭い路地に曲がって入ろうとすると車の内輪差(前輪よりも後輪がカーブの内側を通る性質)のために曲がり切れないからだ。大型車の場合には前輪と後輪の間隔(ホイールベース)が長く内輪差が大きくなるためにどうしても必要になる動作だが小型の乗用車にはほとんど必要がない。それでもほぼすべての一般ドライバーはフェイントをかけて交差点を曲がろうとする。

冒頭でも述べたが、左折するときにフェイント動作をすると直線区間で車は一旦道路の右側にはみ出す形になる。しかしドライバーは左折することに気をとられているので左側だけを確認して右側を見ることはない。たとえ他の車が走ってきていたとしてもだ。だから家の近所の交差点ではしょっちゅう車同士の接触事故が起きている。それはそうだ。左折のウインカーを出して「左に曲がりますよ」という意思表示をしている車がいきなり右にハンドルを切るのだ。正に”相手を惑わす行為”に他ならない。しかもそれを曲がろうとする本人は無意識にやっているのだから恐ろしいことだ。

内輪差を重く考えなければいけないのは自分の車のホイールベースが比較的長い場合や曲がる先の道が細い時だ。路地に入り込む前に車の向きをある程度路地の方向に向けておかなければならない。しかし多くの交差点では曲がった先の道も十分に広いし運転している車は普通乗用車や軽自動車だ。フェイントをかけて曲がる必要など全くないのだ。しかも曲がった先の道でも対向車線にはみ出している。何のための動作なのか全く分からない。相手を惑わすだけの動作なのだ。

一般の道路や駐車場で突然に相手を惑わす動作をすることは危険極まりない。右に曲がると思っていた車が突然左に曲がろうとしたり駐車場から外の道に出ようとした車が突然猛スピードでバックしてコンビニの店内に突っ込んだりすれば即事故につながる。事実そのような重大事故は毎日のように起きている。

車を運転する人は自分の運転を見返してみるといい。乗用車はよほど左側に寄りすぎてしまわない限り左折時の内輪差で左側を擦ってしまう心配はない。それでもほとんどのドライバーは一旦反対側にハンドルを切ってから大回りして交差点を左折していく。ほぼ100%の車が同じような軌跡で曲がっていく。恐らくその原因は交差点で十分にスピードを落とさずに曲がろうとする結果、ハンドルを回すのが遅れて曲がり切れていないからだ。ほとんどの一般ドライバーはハンドルを回すスピードが遅い。遅すぎる。

今のほとんどの車にはパワーステアリング(パワステ)が標準装備されている。ほんの少しの力でハンドルを回すことが可能だ。しかし昔の車にはパワステなど付いていなかった。ハンドルを回すにはそれなりの力が必要だった。据え切り(止まっている車のハンドルを回すこと)などほとんど不可能だった。だから当時のドライバーは腕力もあったし交差点では十分に速度を落とさなければ曲がり切れない心配があった。しかし今はパワステの付いていない乗用車などまずない。ほんの少しの力でいとも簡単にハンドルは回る。もう腕力など必要ない。だから油断しているのではないだろうか。

パワステのような倍力装置(少しの力で大きな効果を出せるようにする機械)はブレーキから始まった。ボクが若かった頃からブレーキには倍力装置がついていた。踏んでも効かないブレーキは危険だからだ。その後パワステが一般に普及し変則ギヤはオートマチックになってクラッチもなくなった。すべての車にエアコンが標準装備され窓を開けるのも電動のパワーウインドウである。中にはドアさえも電動で開閉するような車もある。パワステは未だにエンジンの動力を使っているものも多いがとにかく今の車には電装品が増えた。

そのことは多少運動神経が鈍くても弱点をカバーしてくれる。しかしそれは自分の能力が高まったわけではない。機械が自分の能力を補ってくれているだけなのだ。それでもハンドルを回すスピードはどんどん遅くなっている。そのことを知らずに無茶な運転をするドライバーは増えている。それは決して暴走族やいわゆる”走り屋”のことではない。普通に通勤や買い物に車を使っているドライバーがである。減速が甘い、ほとんどのドライバーはスピードを落とさず交差点やカーブを曲がる、目算が甘い、そして自分に甘い。タイヤやサスペンションの性能が良くなって以前なら事故を起こしていたことをやっても事故らなくなった。だがそれは自分の能力が高いからではない。機械に助けてもらっているからだ。

車は時として人を殺める凶器になる。そのことを常に忘れずにハンドルを握りたいものだ。自戒を込めて。

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