アッと驚く坂五郎

「学校で勉強する”理科”なんて何の役に立つのかわからない」という人は昔からいた。確かにニュートンの運動方程式や化学の元素周期律表なんぞ覚えても普段の生活とは全然関係ないように思える。しかし”慣性の法則”や”エネルギー保存の法則”などは”物理法則”だということを意識するまでもなく日常生活の中で”感覚的”に感じていることだ。平らな床でボールを転がせば手を放してもしばらくは転がり続けるし、水が低い方に流れるのは地球の万有引力のためだ。高い場所から石を投げれば放物線を描いて落ちていくし、太陽は毎日地平線から昇るが実際には人間に比べてとても大きな地球が自転しているから結果的に太陽が動いているように見えるということも数百年前にわかったことだ。そりゃそうだ。身の回りのあらゆることを法則として説明しようとした結果なのだから、普段の生活と無関係であるはずがない。それを自分が意識しているかいないかということだけだ。

物理学の大きなジャンルに力学(りきがく)という分野がある。運動の法則やいわゆるテコの原理などはこのジャンルだ。「運動量保存の法則」というものを理科の時間に習ったことを覚えている人もいるだろう。運動量とは簡単に言えば運動の激しさを表す数字で「速度×質量」で表される。運動量が保存されるというのはビリヤードの玉などの”完全弾性衝突”に近い衝突では、ぶつかる前の玉の運動量はぶつかった後に動き出した玉の運動量の合計に等しいということだ。

”運動の激しさ”とは何だろうか。例えば向こうから三輪車とダンプカーが走ってきたとき、どちらかにぶつからなければいけないとしたらあなたはどちらを選ぶだろうか。三輪車の方が痛くなさそうな気もする。ダンプカーにぶつかればただでは済まなさそうだ、と考えるだろう。しかしダンプカーは時速10メートルなのに対して三輪車が時速300キロで走ってくるとしたら最初の考えは変わらないだろうか。そんな感覚が運動の激しさだ。仮に三輪車の重さが10キロ、ダンプカーが10トンだったとしよう。しかしその時のそれぞれの運動量をMKS単位系で表すと
三 輪 車 = 10kg×300km/h(300000m/3600s≒83.3m/s)= 833kg・m/s
ダンプカー = 10t(10000kg)×10m/h(10/3600s≒0.0028m/s)=28kg・m/s
となって時速300キロの三輪車の方が30倍近くも運動量が大きいことが分かる。そりゃ1秒間に3センチ足らずしか動かないダンプカーならぶつかってもあまり痛くなさそうだ。そんな”日常的な感覚”を普遍的な数字にしたのが”法則”だ。

高校の一般教養の物理を教えていたのは坂先生という人だった。坂先生は下の名前を「五郎」といった。「坂五郎(さかごろう)」である。ほとんどの人が嫌いだった物理の授業で運動量のことをダンプと三輪車に例えて説明したり、摩擦係数や慣性の法則を「摩擦が全くなかったらどんなに重たいものでもノミが飛び蹴りしただけで動くんじゃ!」などと話すので物理の授業もそれなりに興味深く受けられた。物理は理論と数式だと思うから嫌になる。常識を理論で説明しているだけなのだから結果は常識で考えればいい、というのが坂五郎先生の持論だった。

例えば段ボールを高く積み上げてみる。1段2段と積み上げていくと次第に背が高くなって不安定になり10段も積み上げればフラフラして今にも倒れそうだ。これは積み上げた段ボールの重心が地面から離れて高くなりちょっとしたふらつきによる重心の乱れが簡単には修正できなくなるからだ。これを慣性モーメントと呼ぶ。重心が高ければ不安定になり倒れやすくなるのは誰もが感覚的に理解している常識だと思っていた。ところが先日、台車の上に段ボールを積み上げて運んでいる人が小さな歩道の段差を乗り越えようとして「ガタンッ」と大きな音を立てて段差にぶつかった。当然積み上げた段ボールは一気に崩れ落ちて道路に散らばった。当たり前である、と思ったがその人にとってはアタリマエではなかったらしい。「大丈夫だと思ったんだけどな」と独り言を言っていたが、普通に考えれば全然大丈夫ではないのだ。しかしそんな光景は街中の底かしこで日常的に見られる。

うずたかく積み上げた段ボール箱がフラフラして倒れそうになって手で押さえる。そーっと手を放してそのまま不安定なまま放置する。段ボール箱は変形して山は傾きやがて倒れて面倒なことになる。倒れにくくするためには全体を低く積みなおさなくてはいけない。そんなことは常識だと思っていたがそうでもないらしい。もしかしたら「重心」ということや「慣性モーメント」(回転しているコマなどが回り続けようとする力)などは大学受験の物理Ⅱでしかやっていなかったから、受験で物理を選択しなかった人には理解されていなかったのかもしれない。

力学の基礎が”感覚で”わかっていないから何が起きるのかを想像できない。しかし数式や理論だけを覚えても実践には役に立たない。本当に必要な理科の教育とはニュートンの運動方程式を丸暗記することよりも常に身の回りにあるそういう出来事の訳を考えさせることなのではないのだろうかと今更ながらに高校時代の坂先生の授業を思い出している。

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