オタクの入口

「オタク」は鉄道マニアなどの軽い変態たちが自慢話などをするときにお互いのことを「オタクはさぁ」と呼び合っていたところから始まった。ちなみに「マニア」とはギリシャ語で「気ちがい」のことである。若い頃、ラリーをやっていたボクは夜中に山奥での練習の帰り道でのこと、深夜のコンビニでお茶を買おうとしたときに駐車場にいたどこかのオジサンがボクたちの車を見て「おっ、カーキチだね!」と話しかけてきた。カーキチ!?当時でさえ久しぶりに聞いた言葉だった。カーキチは”クルマ狂い”のことで一種のオタクのようなものである。差別用語でもなくひとつの”人種”を表す言葉だった。カーキチもマニアの一種である。

オタクと呼ばれている人たちにはちょっとした変態趣味がある。鉄道マニアは国鉄(JR)派や私鉄派、鉄道模型派、撮り鉄派、乗り鉄派、SL派、貨物派、駅弁派などなど数限りない宗派に細分化されていた。オタクたちはそれぞれの教義に則って活動しており、鉄道そのものよりも時刻表にいれ込んでいたり時刻表だけを見て空想の模擬旅行を楽しむ人もいた。念のため断わっておくが、ボクは今まで鉄道マニアであったことは全くない。身近な友人に変態的な人たちがちょっと多かったので話を聞く機会がちょっとだけ多かっただけである。

オタクたちは興味の対象について微に入り細にわたって勉強している。高校生の頃、たまたま帰り道が一緒になった鉄道マニア(当時はまだ”オタク”という言葉はなかった)の友人に、当時まだ世に出始めだった新型のVVVF制御モーターを使った電車のすばらしさについて延々と1時間以上も説明を受けたこともあった。内容は全く覚えていないが、よくもまぁそんなことを知っているもんだと驚いたものだ。最近では鉄道に限らずオタクはゾンビのように増殖していたるところで○○協会などというものまで作っている。昔はあまりにもマイナーで誰も興味を持たず、自分たちだけの秘密結社のような団結力が彼らのモチベーションだったのに時代も変わったものである。

しかし何にせよそこまで入れ込んで深い興味を持つことができるのはある意味では素晴らしいことだ。学校の勉強などは毎日のように大人たちから「やりなさい!」と言われ続け、言うことを聞けばご褒美さえ貰えることがあるというのに若い頃には全く面白く感じず興味を持って取り組むことはなかったし、ほとんど拷問のようなものだった。それなのにオタクたちは一見すると面白くもない、いやハッキリいえばつまらないものに凄まじいまでの興味を持ち苦難を乗り越えてまで自分を高めようとしている。果たしてそこにたどり着くにはどんなキッカケがあったのだろう。

普通の人がオタクになるにはまず最初に小さくても興味を持つに至る何かがなければならない。それは何でもいい。普段から身の回りにあっていつも目にしているもので構わない。例えばドブ川。NHKのブラタモリという番組ではタレントのタモリさんがどこにでもありそうな街中を歩きながら専門家の先生からいろいろなヒントをもらって”不思議”と出会っていく。以前の放送では渋谷の街を歩きながら地形や岩石、川などの成り立ちなどから発展して、かつてその地を治めていた武将の城跡を訪ねていた。その地に城を構えるには地形が大きく関係しており「渋谷」という地名から「渋谷川」という当時暗渠(あんきょ:川の上に蓋をして地上からは見えない川)となっていたドブ川が古い時代には防御のためのお堀の役割を果たしていたというところまで話は広がった。今は渋谷駅前の再開発によって暗渠だった渋谷川は地上に姿を現している。そうやって面白おかしく町を散策する楽しみを教えている。

話は逸れるが、江戸時代に今の東京都渋谷区周辺を治めていた領主はかつて神奈川県大和市渋谷地区辺りを治めていた渋谷氏である。その後幕府の命によって今の渋谷に配置転換されたのをキッカケに自分の名前を土地の名前にして東京の渋谷が出来上がった。だから渋谷の元祖は神奈川県大和市にあったのだ。が、今となってはどうでもいいことだ。

オタクになるには幅広い視野で数多くのものを見て体験することから、小さくても自分が興味を持てる対象を見つけることから始まる。そのキッカケは、例えば誰かに褒められたり尊敬されることでもいい。ボクが理科に最初に興味を持ったのは小学校1年生の1学期の理科の成績が他の教科よりもちょっとだけ良かったため担任の先生が褒めてくれたことだった。スキューバダイビングに興味を持ったのはホテルのブライダル課に勤めていた時にお客さんが見せてくれた伊豆の海で撮ったという1枚の海中写真だった。ほんのちょっとのことで人は影響を受け、それが増幅して大きくなってオタクになっていく。

オタクになった人たちも最初からオタクになろうと思ってなったわけではない。本人がたまたま自らオタクになる入口を見つけて小さな面白さを感じるところから始まったのだ。興味を持ったらもっと深く知りたくなる。昔は”知るためのヒント”を大人が教えてあげなければならなかった。しかし現代はインターネットで多くのことを知ることができる。今の世の中にオタクが爆発的に増えたのもインターネットの影響が大きいのではないだろうか。

一見つまらないものでも小さなことに「なぜだろう?」と感じる心は大きな力になる。表面的にはつまらなさそうに見える事でも、ちょっと深堀することで興味の世界が大きく広がっていくことがある。パッと見ただけで”つまらないもの”とか”くだらない”と簡単に決めつけずに広い視野で世の中を眺めることが人生を豊かなものにしてくれるのではないだろうか。

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