これは認めたというハンコではない

宅配便が届いた。シャチハタを持って玄関の扉を開けたら佐川急便のお二ーちゃんが配達荷物を手に「システムが変わったのでスマホ画面にサインをください」という。ポケットからスマホを取り出して「ここに指でサインを」と差し出した。ボクはスマホでもタブレットでも”画面に指でサインをする”ことが苦手だ。小さい画面に太い指で自分の名前が上手く書けるとは思えないからだ。案の定、字のような絵のような不細工なサインとも言えないようなサインが画面の上に書かれた。

シャチハタなら1秒もかからないで伝票にハンコを押せる。しかしそんな作業の代わりに”スマホ画面にサインする”という作業に10秒近くかかるようになった。今までは、自宅に宅配便の荷物が届いた時にはハンコかペンを持って玄関を開ける。すぐに伝票にハンコを押すかサインできるようにだ。玄関に認印やシャチハタを置いている家もあるだろう。それが多くの人にとって今までの習慣になっている。新しいシステムを使うことで本社のサーバにリアルタイムに証跡が残るようにして社員の不祥事を防ぎ安全性を高めたつもりなんだろうが、便利になったのか不便になったのかよくわからない世の中である。このような例は枚挙にいとまがない。現場をよく知らないシステム開発者や企画担当者の提案を、これまた現場をよく知らない情報セキュリティ担当者が「素晴らしいソリューションですね」などと言って導入してしまうからだ。

今、開かれている国会では厚生労働省の「統計不正問題」が取り沙汰されている。仕事のやり方が間違っていたり正しくないことをやって世間に迷惑をかけることはもってのほかだが、一番笑ったのは「うちの責任者は統計の専門家ではないので統計のことはわからない」と統計担当部門の社員、いや職員が言い放ったことだ。「責任者は何もわかっていない」」というのは中央官庁に限らずどこの役所でも一般企業でも普通にまかり通っていることである。特に職務上の階級が高くなればなるほど職場の中で部署をたらい回しにされるので、ほとんどの責任者は担当している業務についてはまったくの門外漢だ。本来はそのこと自体に大きな問題を孕んでいるのだが、日本の社会ではごく普通のこととして黙認されている。しかしそれを全国にテレビ中継されている国会の予算委員会の席で堂々と答弁してしまい、そのことについて総理大臣でさえ何も言わないのだからこの国の将来もかなり危ういのではないかと思っている。

結局、日本では政府も役所も企業も、現場の一担当者の力だけで全体の重要な職務を担っている。責任者は自分がよくわかってもいない書類に目を通し内容は分からないが見ただけでハンコを押す。だから「このハンコは認めたというハンコではない。”見た”というハンコだ」などという日産自動車の元会長のカルロス・ゴーンのような発言が平然とまかり通るのだ。給料が安く権限は与えられず膨大な仕事に溺れている現場の木っ端役人や平社員が、多くの給料を貰いながらほとんど仕事をしていない、いや仕事もできない管理職の生活を支えている。そして管理職が不祥事を起こせば全ての責任は「現場の判断でやったことです」とすべてをなすりつけられる。そりゃそうだろう、現場が判断しなければ知識も能力もない管理職には判断できないのだから。書類のハンコだって宅配の電子サインほどの価値もない。これを構造上の問題と言わずしてなんと言えばいいのか。

そう考えると”プロフェッショナル”とは何なのか考えさせられる。若い頃にはプロフェッショナルでも、公務員も含めてサラリーマンはだんだんと仕事をしなくなって仕事もできなくなって”タダの人”に成り下がる。有能だった人もやがて無能になり給料ドロボーになる。日本の組織はそんな人ばかりを重用して本当の戦力をないがしろにしてきた。そのツケが今になって顕在化し若い世代に見限られて人材不足になっている。それもこれも”すべて身から出た錆””だ。しかし今になって急に「心を入れ替えました」と言ったところで誰からも信用されないだろう。今までやれもしなかったことが急にできるようにはならないし、そんなことはみんなが分かっているからだ。

経済も外交も先の見通しは暗い。せめて不正操作でもして明るく見せておきたいという政府や安倍政権の気持ちも、わからないではないのが我ながら情けない。

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