故郷を出る人と出ない人

山奥の過疎の村がある。村に続くのは細い山道が一本。くねくねと曲がり車がすれ違うのもやっとの細い道だ。こんな道だから村にやって来る人も少なく寂れてしまうのだと村人はいつも話していた。しかしある時、たまたま村を訪れた地元出身の代議士にこの村の窮状を訴えたところ国から”村おこし予算”として県に補助金が出ることになった。村では県知事や担当者に会って、都会から村へ繋がる広く真っ直ぐな道路を作って欲しいと頼み込んだ。数年後、念願の立派なアスファルトの道路が出来上がった。ところがその道を使って村にやって来る人は増えなかった。そればかりか村の若者たちがその道を使って次々と都会に出て行ってしまった。残されたのは老人と山だけになった。

そんな話をどこかで聞いたことがある。村の大人が集まって良かれと思ってやっていることが裏目に出てしまうパターンだ。村に人が来ないのは不便だからではない。来たいと思うだけの魅力を感じられないのだ。魅力を感じればどんなに不便なところにも人はやって来る。それがいいことなのか悪いことなのかは別として多くの人を呼ぶのに道路や鉄道の駅を作ろうとするのは最後の仕上げの段階でいいのだ。

そんな話はここではどうでもいい。結局のところ広く快適になった道路を使って若者が都会に出て行ってしまう。しかし中には村に残る若者もいる。自分が生まれ育った村を出る人と出ない人ははっきりと分かれる(ことが多い)。生まれ育った故郷には言うまでもないが人間関係がある。幼い頃から一緒に育ってきた友達もいる。隣近所のおじさんやおばさん、お爺やお婆もみんな生まれた時から自分のことを知っている。それをうっとおしいと思う人もいるが、かたや都会に出れば若者にとってエキサイティングで魅力的な生活が待っている。コンサートやイベントも開かれ買い物する様々なお店も溢れている。レストランやバーで楽しむ夜の時間はいつまでも村にいては望むべくもない。それに都会には同世代の若者がたくさんいる。出逢いだってたくさんあるのだ。

そう、知らない人と出会うこと。そしてその人たちと人間関係を作っていくのも都会ならではの魅力だろう。しかしその人たちのことを自分が知らないのと同じように、彼ら彼女らも自分のことを知らない。幼い頃から一緒に遊んできた友達とは違う。いいところも悪いところも知り尽くした地元の人間関係とは全く違う世界に飛び込むことになる。それは魅力的でワクワクする体験である一方で不安を抱かせる体験でもある。今から新しい関係を築いてうまくやっていけるのだろうか。

だから若くして安心や安定を手にしたい人は地元を離れない。それまでに築いてきた人間関係の延長線上に自分の人生を考える傾向がある。幼い頃からの人間関係を維持して仕事を得て、若くしてかつての同級生や幼馴染と結婚して家庭を持ち、地元に家を建てて人生の安定を図ることができる。周りで暮らしているのも古くから心の裏まで知り尽くした自分にとっての味方だ。子供の頃から何十年も付きあっていれば何を考えているのかさえ解るというものだ。

ボクにも生まれ育った町がある。今も実家があり両親や兄弟が住んでいる。しかし今となっては実家に帰ることもほとんどない。いや「帰る」という感覚もなくなってしまった。どちらかといえば「実家に行く」と言った方がしっくりくる。久しぶりに地元で同窓会などがあってもついでに実家に寄っていこうという気にもならない。そんな同窓会に集まるのは、子供の頃からずっと地元に住んでいる友人たちと結婚や就職、転勤などで地元を離れてしまった同級生に分かれている。ずっと地元に住んでいる友人たちは今でもお互いに交友関係が盛んらしい。

しかし地元を離れてしまうと学校を出たとたんに交流はぷっつりと途切れる。だから久しぶりに再会した友人たちがまだ中学生や高校生のままでいるかのような感覚で話しかけてしまうのだ。卒業後の数十年のそれぞれの人生が完全に途切れた後、突然に繋ぎ合わされたような白昼夢を見るような錯覚に襲われるのである。それは卒業してからの数十年間に共通の思い出がないからに他ならない。年を追うごとに年輪を重ねていくお互いの姿を見ていないからだ。だが同窓会ではそんな非日常が楽しみなのだ。お互いに歳を取っていないわけではない。身体的にも劣化したり肥大したパーツもある。普段の生活でなら劣等感を抱くようなことでさえも、かつての自分のすべてを知られている友人たちには遠慮なく曝せる。

あの頃、付き合っていた彼女と結婚して家庭を持っていたらどんな人生を送っていたのだろうと思うこともある。しかしボクは故郷を後にした。それ以来あの場所に住んだことはない。まだ友人たちもたくさん暮らしているだろう。でももう一度あの場所に帰りたいとはあまり思わない。嫌な思い出もいい思い出もたくさん残っているあの場所は、ボクにとっては今を生きて暮らす街ではない。過去を思い出す場所なのだ。ボクにとっての故郷とはそんなところだ。

あのまま故郷を出ないで生きていく道を選んでいたら今とはずいぶん違う人生を送ることになっていたかもしれない。どちらが良かったのかをいまさら考える気もない。どちらが幸せだったのかと問われても、そんなことは分からない。

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