飽きてくるとき

ライフサイクル、直訳すれば「生命周期」。生き物が生まれてから死ぬまでの期間を示す言葉だ。人間は約80年~90年、犬猫なら10~15年前後だろうか。もちろん個体差や置かれた環境によってその長さは大きく変わるが、人間では今のところ122年というのが最長だといわれている。もちろんこの先の科学や医療の進歩によってどうなるのかはわからないが、恐らく不老不死が現実のものになることはないだろう。逆にその時は人類が滅亡する時かもしれない。

ビジネスの世界にもライフサイクルがある。その中でも有名なのが「商品ライフサイクル」だ。とある商品が発明または開発されて世に出てから市場から消え去ってしまうまでを商品ライフサイクルと呼んでいる。例えば昭和から平成にかけて流行った「ポケベル」。知らない人はいないとは思うが一応説明しておくと”携帯型呼び出しベル”である。それぞれのポケベルには固有の電話番号が振られていて事務所の固定電話からその番号に電話をかけると外出先でもポケベルが鳴動する、というものだ。ポケベルを持って外出している人はポケベルが鳴ったら事務所の電話に折り返し電話をする。「今、ポケベルで呼ばれたんだけど…」と言うと事務所の中では「佐藤さんをポケベルで呼んだ人?」と大声で呼んだ人を探して電話を替わるというものである。初期の頃にはヤクザと刑事くらいしか持っていないといわれ刑事ドラマ「太陽にほえろ!」でも数多く登場したので1960年代後半には登場したものと思われる。

その後もポケベルが注目されることはあまりなかったが企業などでは外回りをする営業マンなどに持たせることが一般化して、ボクも一時期は”会社ポケベル”を持たされていたことがある。しかしポケベルにメッセージ通知機能が搭載され低価格化が進むと一気に若者の間でブレイクした。もっともメッセージといっても電話番号を通知することが最初の目的だったので10数桁の数字だけしか送ることができなかったが、メッセージを数字に置き換えて「アイシテル」を”114106”と送ったり「渋谷」を”428”と置き換えたりしていた。思えば懐かしい時代だ。ポケベル大手だった東京テレメッセージという会社がやっていたテレビCMで元シャネルズの鈴木雅之とアイドルの菊池桃子が「今日も渋谷で5時~♪」と歌っていたのを友人のカップルは「高座渋谷で5時~♪」とモジってポケベルを手に2人で歌っていた。当時彼女の家が小田急江の島線の「高座渋谷(こうざしぶや)」にあったらしい。それほどまでにポケベルは若者に使われていた。
しかし1990年代にPHSや携帯電話が一般に普及するとそれまでの流行はウソのように静まりポケベルは前世紀の遺物になってしまった。奇しくも時代は西暦2000年を迎え、2001年には21世紀となったわけで”前世紀の遺物”という言葉にも説得力があった。

このポケベルのライフサイクルを見てみると、登場した1960年代から70年代にかけてはヤクザや刑事などの一部のアーリー・アダプター(早期導入者)にしか受け入れられていなかったものが80年代後半になると一般企業などでも広く使われるようになり、その後若者を中心としたブームで円熟期を迎えた。そして携帯電話が登場したことでやがて衰退期となり昨年にはほぼすべてのポケベルサービスは撤退し、今後は非常時などの緊急通報などを中心として事業を継続していくらしい。

商品ライフサイクルと同じように顧客にもライフサイクルがある。こちらは初めて自社の商品を買ってくれた時から次第に自社の商品から離れていって、最後には疎遠になってしまうまでのサイクルのことを指す。最初は自社の商品を魅力的な商品だと思ってやがて同じシリーズのものや関連商品などを買ってくれるようなリピーターになるが、次第に買うものもなくなり、最初は魅力的だと思っていた商品にも次第に飽きがきてやがては買わなくなってしまうような購買意欲の波を指している。当然、同じような商品ばかりならすぐに飽きてしまうのは必然だ。

また多くのものでも、大きな話題になったり従来から人気のあるものに飛びついてくるお客の顧客ライフサイクルは総じて短い。スキューバダイビングなどでもツアー会社やダイビングショップにとってマンタやジンベイザメなどは人気のあるコンテンツだ。ダイビングを始めると大抵の人は沖縄やパラオ、モルディブなどの有名ダイビングスポットに憧れ、多くの人はジンベイザメやマンタ、ウミガメを見たいという。しかしそれらの人気生物はいつでもどこでも見られるわけでもないし、やがてはあれも見たこれも見た、あそこにも行ったここにも行ったとダイビングをコレクションするようになってくる。すると「パラオにも行ったしマンタもジンベイも見たからもうダイビングでやり残したことはない」と言ってダイビングをやめてしまう人が新しくライセンスを取った人の8割にも及ぶ。つまり多くの人が興味を持ってダイビングの世界に飛び込むものの長続きすることなく、ほとんどの人がダイビングをやめてしまうわけだ。

何の世界でも同じことだが、広く浅く知ることは比較的簡単にできるがその楽しみも浅い。一方で最初は広く浅い世界から入っても次第に興味の対象を絞り込むうちに物事を狭い範囲で深く掘り下げられるようになると面白さが見えてくることがある。ある意味でニッチな世界に入り込むことになるが、その世界は「自分だけが知る世界」という優越感に浸ることのできる世界でもある。最初は片っ端から作っていたプラモデルも帆船の模型ばかりを作るようになったり、単なる車好きでドライブが楽しいだけで運転していた人も、レースを観に行ったりレースに参加するようになったり、車だけではなくアウトドアと車を組み合わせてオートキャンプを始めたりすることで浅く広いだけだった興味を深堀して楽しむことができるようになったりする。

これはある意味では別の新しいライフサイクルが始まったということもできるだろう。お客にとって一つの興味を発展させて次のライフサイクルのキッカケを見せてくれることは、自分の人生を楽しくしてくれるサービスを提供してくれることでもあり、そんなお店とはより長い付き合いをしたいと思うのではないだろうか。

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