説明しないとわからないエンタ

「エンターテインメント」とは娯楽や楽しみ、おもてなしを意味する英語である。娯楽とは仕事を離れて楽しむことである。リラックスして美しい大好きな音楽を聴いたり映画を見たり絵画を見たり、素敵なレストランに出掛けて食事をしながらワインを楽しむことも娯楽の一つだろう。スポーツをしたり観戦するのもそれが仕事でない限りは娯楽だ。日本人が「趣味は?」と訊かれたときに答えるものはほとんどが娯楽だと思う。余談だが、西洋人にとっての”hobby”(趣味)とは日本人の考える「趣味」とは少し違うらしい。例えば「趣味は車です」と聞けば日本人はドライブや車の装飾などを思い浮かべる人が多いが西洋人にとって「車が趣味」というのは、古い車を買ってきて壊れた部品を作り直して修理したり塗装をやり直したりしてガレージを持ってクラッシックカーをレストアするようなことを考えるらしい。だから音楽鑑賞や映画鑑賞、読書などは彼らにとってはhobbyではないのだという。言ってみれば”余暇の過ごし方”のようなものなのだろう。

閑話休題。先日テレビのエンターテインメント番組でサーカスの話をしていた。昔のサーカスのイメージでは動物の曲芸や綱渡り、空中ブランコくらいしか思いつかないが、今のサーカスでは空中ブランコも技が進化して複雑な動きをするらしい。かつて空中ブランコといえば2人の人が左右の空中ブランコに乗り、そのうちの一人が真ん中で反対側のブランコに飛び移る技くらいなものだったがそれでも地面から何メートルも上のブランコからブランコに飛び移るというのはスリリングで曲芸としても十分に見応えがあった。しかし今の空中ブランコでは技が複雑化してダイナミックさよりも技巧をアピールするのがメインになっているのだという。「ブランコをしている人は30分近くも下に降りないんです」などと解説していた。

それらの技を見ながら「今のは地味に見えますが高い技術が求められる高難度の技です」などと解説が入る。つまり観客にとっては解説がなければただの地味な技なのだ。見た瞬間に「すごーい!」と思える技ではない。説明しなければわからないようなサーカスの技などボクにとってはどうでもいい。うんちくを聞きに来ているわけではない。ダイナミックな大技が見たいのだ。観衆は必ずしもサーカスの技の専門家である必要はない。何も知らなくても見ただけで「すごい!」と喝采を叫びたいだけだ。最初にパッと見て「すごい!」と思わせなければ意味がない。

スポーツ観戦でも出場選手がどれほどの苦しい思いをしてトレーニングを積んできたのかなんて関係ない。観客はその選手たちが試合で見せてくれる勝負の結果やテクニック、最高のパフォーマンスが見たいのであって、トレーニングでどんな苦労があったかなどを知りたいわけではない。どれだけ試練を積んだとしても試合で結果が出せなければそれまでだ。そしてよく言われるように試合は”筋書きのないドラマ”だからその先の展開が分からない。白熱した試合になることもあればあっけない結末を迎えることもある。

スポーツ中継の中でも解説者が「本当は難しい技なんです」と説明することもある。もちろん知識を得ることで試合の動きが分かったりなぜ技が成功するのか、失敗するのかがわかって観戦の面白さが増すことはある。しかしほとんどの観客がその技を身につけようとは思わない。そう考えるのは自分が競技者である場合だ。それはもはや「趣味としてのスポーツ観戦」ではなく「hobbyとしてのスポーツ」になっている。しかしほとんどの観客にとってエンターテインメントとは誰が見てもすぐのその場で理解できなければ意味がない。

だからといってかつてのトレンディードラマのような心地いいだけのエンターテインメントばかりでも仕方がない。心地いいだけなら本物のミュージカルやコンサートを見て、観光旅行に行った方が本物を見られる。都心のタワーマンションでホームパーティーがしたいならしこたま稼いでそんな環境を手に入れればいいだけだ。だが恐らくそんな環境を手にしてもそれが日常になってしまったら感激はなくなる。凄いものを見たり体験した時に人は最初は感激するが二度三度と見るうちにやがて飽きてくる。新しい刺激だけを求めていくには常にいつもと違う環境に身を置かなければならない。慣れてしまったものに人は感激しなくなる。そんな感激しなくなった人の心を動かすのは感動だ。

しかし感動するのも最初だけである。素敵な物語も知ってしまえば退屈だろう。最後に来るのは考えさせることではないだろうか。人の考えはそれぞれに異なり、一人の人間だってその時々や成長に伴って考え方は変わる。考えさせられることで新しい自分なりの価値観を作り出したり経験したことのなかった視点でものを眺めることができることがある。新しい視点でものを見て考えることで違う世界が見えてくる。すると飽きることなく長きにわたって自分と向き合うという体験ができるわけだ。

何も考えずに笑うことだけが楽しいことではない。深く考えを巡らせて道理を知ることも楽しみだと思う。お笑い番組を観てバカ笑いしていればいつも楽しいのかといえばそんなことはない。何の問題提起もせず薄っぺらいドラマばかりではやがて観る気も起きなくなる。サーカスやお笑いのように何も考えずに楽しめるものも大切だが、すべてが楽しい、美味しい、美しいだけでは人間はバカになっていくだけだ。

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